--- title: "CASE 26: 「(1)本研究の学術的背景~~学術的「問い」」に一般的な情報がなくわかりにくい" book: 科研費申請書の赤ペン添削ハンドブック 第3版 chapter: 第3章 研究目的、研究方法など:背景 case_number: 26 pages: 117-120 images: page_0117.png ~ page_0120.png advice: "導入部には一般的な背景と解決すべき課題を書こう" tags: ["ふさわしく", "推敲のヒント"] --- # CASE 26: 「(1)本研究の学術的背景~~学術的「問い」」に一般的な情報がなくわかりにくい ## アドバイス 導入部には一般的な背景と解決すべき課題を書こう ## どこがよくないか > (1)本研究の学術的背景、研究課題の核心をなす学術的「問い」 > > 申請者は、2p培養法を用いてマウス系統(129Sv、C57BL/6、CBA/ca、FVB/N、MsmおよびNOD)からES細胞を独自に樹立し、検討した結果、以下のことが明らかとなっている。 > > 1)異なったマウス系統由来ES細胞は、サイトカインLIFに対して異なった応答性を示す。すなわち、血清条件下での自己複製が可能な系統ES細胞(129、B6系統)では、LIF-STAT3経路が強く誘導されるが、できない系統ES細胞(CBA/ca、FVB/N、NOD系統)では弱いことを報告した(Otsu, Development 2015)。 > > 2)転写因子TFCPの過剰発現でNOD-ES細胞は血清条件下で自己複製が可能となる:マイクロアレイを用いた遺伝子発現解析により、短期間の血清条件下で129-ES細胞に高発現しているが、NOD-ES細胞では消失する遺伝子を探索し、LIFの標的遺伝子である転写因子TFCPを同定した。このTFCPの過剰発現により、NOD-ES細胞は血清条件下で自己複製でき、かつLIF標的遺伝子の誘導(LIF応答性)の特徴も129-ES型に転換していた。 > > 3)TFCPはES細胞の自己複製に必須である:129-ES細胞のTFCPノックアウト(KO)ES細胞は血清条件下で細胞死に陥る(未発表)。 > > 4)TFCPとSTAT3は協調して作用する:129-ES細胞におけるTFCPとSTAT3のChIPSeqデータの再検討により、自己複製に必須なOct4、Sox2、Nanog遺伝子などの近傍の領域にTFCPとSTAT3の結合が認められる(未発表)。 > > 上記の結果から、TFCPの機能について、1)ES細胞の自己複製に必須であること、2)TFCPはSTAT3と協調して自己複製に必須な遺伝子発現を制御していることが予想できる。そこで、本研究では、TFCPに着目し、どのようにしてES細胞が自己複製能を獲得し維持できるのかを明らかにする。 ## 添削例 > (1)本研究の学術的背景、研究課題の核心をなす学術的「問い」 > > 申請者は、2p培養法を用いてマウス系統(129Sv、C57BL/6、CBA/ca、FVB/N、MsmおよびNOD)からES細胞を独自に樹立し、検討した結果、以下のことが明らかとなっている。 > > 1)異なったマウス系統由来ES細胞は、サイトカインLIFに対して異なった応答性を示す。すなわち、血清条件下での自己複製が可能な系統ES細胞(129、B6系統)では、LIF-STAT3経路が強く誘導されるが、できない系統ES細胞(CBA/ca、FVB/N、NOD系統)では弱いことを報告した(Otsu, Development 2015)。 > > 2)転写因子TFCPの過剰発現でNOD-ES細胞は血清条件下で自己複製が可能となる:マイクロアレイを用いた遺伝子発現解析により、短期間の血清条件下で129-ES細胞に高発現しているが、NOD-ES細胞では消失する遺伝子を探索し、LIFの標的遺伝子である転写因子TFCPを同定した。このTFCPの過剰発現により、NOD-ES細胞は血清条件下で自己複製でき、かつLIF標的遺伝子の誘導(LIF応答性)の特徴も129-ES型に転換していた。 > > 3)TFCPはES細胞の自己複製に必須である:129-ES細胞のTFCPノックアウト(KO)ES細胞は血清条件下で細胞死に陥る(未発表)。 > > 4)TFCPとSTAT3は協調して作用する:129-ES細胞におけるTFCPとSTAT3のChIPSeqデータの再検討により、自己複製に必須なOct4、Sox2、Nanog遺伝子などの近傍の領域にTFCPとSTAT3の結合が認められる(未発表)。 > > 上記の結果から、TFCPの機能について、1)ES細胞の自己複製に必須であること、2)TFCPはSTAT3と協調して自己複製に必須な遺伝子発現を制御していることが予想できる。そこで、本研究では、TFCPに着目し、どのようにしてES細胞が自己複製能を獲得し維持できるのかを明らかにする。 **指摘された問題点:** 1. 申請者の研究内容が唐突。まずは一般的な背景を書く ## なぜよくないのか? 導入部の書き方がよくない。例文では、申請者のこれまでの研究成果から書いているが、まず書くべきことは、この研究に関連した一般的な「学術的背景」である。 最初に、この研究の学術的な背景(つまり他の研究者が行ってきた研究内容を中心としたもの)を簡潔に説明すること。その次に、申請者がこの研究分野でこれまでに行ってきたこと、あげてきた業績を説明する(case25参照)。こうすることで、申請者がどのような研究を行ってきて、どのような貢献をしてきたのかが明確になる。例文では申請者の研究成果を番号をつけて列記しており、この部分はよい。 そして研究で解決すべき課題(これが【研究課題の核心をなす学術的「問い」】)を説明する。「何がわかっていないのか」「何を明らかにすべきなのか」「解明すべき問題は何か」などを説明し、次の研究目的につなげていくとよい。これにより審査委員は、申請者が主張する研究の重要性をしっかりと理解できるだろう。 ## どのように改良すればよいか? 【(1)本研究の学術的背景、研究課題の核心をなす学術的「問い」】は、「一般的な研究の学術的背景」→「申請者がこれまで行ってきた研究の成果・業績」→「解明すべき課題」と書いていくとよい流れになる(case25参照)。そうすると次の【(2)本研究の目的および学術的独自性と創造性】につなげやすい。つまり「解明すべき課題は〇〇である」→「そのためにこの研究では〇〇を明らかにする」という流れにもっていけるということだ。 例文では、自己複製できる系統とできない系統のES細胞があることをまずは説明し、その違いが不明であるという一般的な背景を書くとよい。そのあとで申請者のこの研究テーマに関するこれまでの研究成果を説明し、学術的「問い」へとつなげていく。改良前の例文では「1)」~「4)」と申請者の研究成果を箇条書きにしていたが、箇条書きが多すぎると読んでいて煩わしいので(case03参照)、ここでは未発表の成果を整理して箇条書きを使わずに書き直す。またこの研究の中心である転写因子TFCPは知らない人も多く一般的でないので、印象づけるためにこの部分だけゴシック太字にする(申請者のギモン25も参照)。 また【研究課題の核心をなす学術的「問い」】として、申請者が行おうと計画している研究において、何が問題なのか、そして解明すべき課題は何かなどをしっかりと書かなければならない。【研究課題の核心をなす学術的「問い」】を別項目に分けると、もっとはっきりと解決すべき課題がわかる。 ## 改善例 > (1)本研究の学術的背景、研究課題の核心をなす学術的「問い」 > > マウス胚性幹(ES)細胞は、マウスの3.5日胚(胚盤胞)の内部細胞塊に由来し、サイトカインLIF(Leukemia inhibitory factor)存在下で自己複製する多能性幹細胞である。これまで様々なマウス系統に由来する細胞株の樹立が試みられ、ES細胞の樹立と維持は、培養条件および遺伝的背景(マウス系統)に強く依存することがわかった。例えば、血清条件下で自己複製が可能なマウス系統(129系統が代表)と、そうでないマウス系統(NOD系統など)がある。しかし、なぜES細胞において、血清条件下での自己複製にマウス系統差があるのか、その原因はわかっていない。 > > そこで、この原因を明らかにするために、GSK3およびMAPKに対する2個の阻害剤を含んだ無血清2p培養法を用いて、申請者は様々なマウス系統からES細胞を独自に樹立した。そして、129Sv、C57BL/6、Balb/c、CBA/ca、FVB/N、MsmおよびNOD系統に由来するES細胞を比較検討し、以下の2点を明らかにした(Otsu, Development 2015)。 > > ・異なったマウス系統に由来するES細胞は、LIFに対して異なった応答をする。すなわち、129系統ES細胞(129-ES)においては、LIFへの応答性が高く、一方でNOD系統由来ES(NOD-ES)細胞ではLIF応答性が低い。 > > ・ES細胞の血清条件下での自己複製には、129-ES型のLIF応答性を示すことが必須である。 > > これらのことから、ES細胞で129-ES型のLIF応答性と血清条件下での自己複製能の相関を見出した。この129-ES細胞でのLIF応答性と血清条件下での自己複製能の相関の分子メカニズムを明らかにするために、申請者は、血清条件で短期間培養した129-ES細胞とNOD-ES細胞においてマイクロアレイによる遺伝子発現比較を行い、43遺伝子の候補を見出した。これらの各々をNOD-ES細胞へ導入し、血清条件下での自己複製が可能かどうか検討したところ、本研究の中心となる**TFCP**を同定した。確かに、このTFCPを過剰発現したNOD-ES細胞では、129-ES型のLIF応答性を示し、かつ血清条件下において安定に自己複製しキメラ寄与能を維持できた。 > > このような結果から、TFCPを発現させることで、ヒトを含む動物種に由来する多能性幹細胞の安定な樹立と維持が可能になり、再生医療に大きく貢献できると考えられる。しかしTFCPが、NOD-ES細胞において、どのようにして129-ES型のLIF応答性を支持し、そして血清条件下での自己複製を可能とするかについては不明である。