--- title: "CASE 24: 科研費の目的としてふさわしいか(1)" book: 科研費申請書の赤ペン添削ハンドブック 第3版 chapter: 第2章 研究目的、研究方法など:概要 case_number: 24 pages: 109-112 images: page_0109.png ~ page_0112.png advice: "「仮説」や「政策提言」を使うときは慎重に。ふさわしくない例に「仮説」という用語を用いたり、目的を研究の最終目標と混同したりしない" tags: ["ふさわしく", "推敲のヒント"] --- # CASE 24: 科研費の目的としてふさわしいか(1) ## アドバイス 「仮説」や「政策提言」を使うときは慎重に。ふさわしくない例に「仮説」という用語を用いたり、目的を研究の最終目標と混同したりしない ## どこがよくないか **例文1** > (概要) > 特別養護老人ホームの入居待ち問題の解消において、潜在的な介護福祉士の活用は主たる手段のひとつとなり、各行政において再就職等のための研修を中心とした活用推進事業が進められている。短期的な課題解決としては有効な手段であろうが、潜在介護福祉士の活用の課題には、女性の生涯発達に関する様々な問題を含んでいる。本研究は、潜在介護福祉士活用の課題から浮かび上がる、介護福祉士という職業のあり方を、女性の生涯発達をテーマに捉えなおすことを目的とする。発達心理学(介護臨床及び生涯発達心理学)、社会学、教育学の立場から多角的・学際的検討を行い、仮説生成を行う。さらにこの仮説を今後の女性の生涯発達研究の端緒とし、さらに中長期的な潜在介護福祉士活用の課題、介護福祉士養成の課題、現職の介護福祉士支援への提言を目的とする。 **例文2** > (概要) > 本研究では、取締役の責任軽減制度に対する損害賠償責任に関する日本の会社法について、その元となっている米国の会社法との比較研究を行うことによって、同制度が具体的にどのような場面に適応できるのかについて考察する。 > 会社法には、取締役の会社に対する損害賠償責任の一部を軽減できる制度がある(会社法 425条~427条、以下「責任軽減制度」)。しかし日本においては、責任軽減制度の利用が普及しておらず、同制度が実際にどのような場面に適応できるかについても明らかではない。 > 本研究によって、日本の責任軽減制度の問題点を明らかにし、望ましい会社法の制度の在り方について政策提言することを最終的な目的とする。 ## 添削例 **例文1** > (概要) > 特別養護老人ホームの入居待ち問題の解消において、潜在的な介護福祉士の活用は主たる手段のひとつとなり、各行政において再就職等のための研修を中心とした活用推進事業が進められている。短期的な課題解決としては有効な手段であろうが、潜在介護福祉士の活用の課題には、女性の生涯発達に関する様々な問題を含んでいる。本研究は、潜在介護福祉士活用の課題から浮かび上がる、介護福祉士という職業のあり方を、女性の生涯発達をテーマに捉えなおすことを目的とする。発達心理学(介護臨床及び生涯発達心理学)、社会学、教育学の立場から多角的・学際的検討を行い、~~仮説生成を行う~~。さらにこの仮説を今後の女性の生涯発達研究の端緒とし、さらに中長期的な潜在介護福祉士活用の課題、介護福祉士養成の課題、現職の介護福祉士支援への提言を目的とする。 **指摘:** 1. 「~とは?」(「女性の生涯発達に関する」の具体的内容がわからない) 2. 具体的内容がわからない 3. ~的は不要なことが多い **例文2** > (概要) > 本研究では、取締役の責任軽減制度に対する損害賠償責任に関する日本の会社法について、その元となっている米国の会社法との比較研究を行うことによって、同制度が具体的にどのような場面に適応できるのかについて考察する。 > 会社法には、取締役の会社に対する損害賠償責任の一部を軽減できる制度がある(会社法 425条~427条、以下「責任軽減制度」)。しかし日本においては、責任軽減制度の利用が普及しておらず、同制度が実際にどのような場面に適応できるかについても明らかではない。 > 本研究によって、日本の責任軽減制度の問題点を明らかにし、望ましい会社法の制度の在り方について~~政策提言する~~ことを~~最終的な~~目的とする。 **指摘:** 科研費の「目的」には大げさすぎる!「展開」にしては? ## なぜよくないのか? 例文1は、言い方は悪いが、耳ざわりのよい言葉は多いが具体的な内容は乏しい。例えば「仮説生成」とは、どのような仮説を生成することなのか?明言されない仮説は審査委員にはイメージできない。 「仮説を立てる」「仮説を検証する」という表現は科研費申請書でしばしばみられるが、「仮説」とは「自然科学その他で、一定の現象を統一的に説明しうるように設けた仮定」で「理論的に導きだした結果が観察・計算・実験などで検証される」(広辞苑より)ものであるべきだ。したがって例文1のような実証実験にそぐわない内容の研究には「仮説」はふさわしくない。 例文2は「政策提言」とあるが、これは本当に科研費の申請書が要求している「目的」として適しているのだろうか?最終的な研究の目標としての「政策の提言」「社会への提言」はよいのだが、科研費くらいの研究の規模では「政策の提言」「社会への提言」など大げさすぎると思う審査委員もいる。科研費の目的として書くのは、研究に関するものをさらりと書いておくので十分。特に【概要】の部分では。 ## どのように改良すればよいか? 仮説を立てることを研究の「目的」としたら、それはあまりに漠然としすぎている。「(闇雲に)集めたデータをみてからいろいろ考えます」ということと、「考えた目的に沿ってデータを集めます」ということと、どちらに計画性を感じるだろうか。せめて、どのような仮説なのかを示しておくべきだ。まずはそこからはっきりさせないとダメである。また、例えば「望ましい会社法の制度の在り方について政策提言する」こと自体はよいのだが、このような最終目標を書かないで、客観的にも科研費で実現できると思えることを「展開」として書くだけで十分。 例文1の場合、仮説を「目的」としてしまっていることが難しい点だ。申請書をじっくりと読んでいくと、次のような背景がわかってくる。 - 中心となるのは不足している介護福祉士の確保について - 女性のライフデザインにおいてさまざまな問題が、介護福祉士として継続して働くことを妨げている - そのような女性特有の問題点を明らかにして、介護福祉士を長期的に安定供給するようにつなげる これらの内容をできるだけわかりやすく、難しい言葉をなるべく使わないでまとめてみればよい。そのためには他の人に口頭で説明するように書くこと。そうすれば難しい、気取った言葉を使わないで、わかりやすい、理解しやすい文章になる(case12参照)。 例文2は、「政策」と「最終的な目的」という言葉をカットし、「展開」として書き直す。社会的インパクトを強調することもときには効果的だが、地に足がついた目的や計画性をもっていることを審査委員に印象づけることの方が重要だ。 ## 改善例 **例文1**(仮説を「目的」にせず、本文から「背景」「目的」「展開」を抜き出して整理する) > (概要) > 特別養護老人ホームの入居待ち問題の解消において、(かつて働いていた)潜在的な介護福祉士の活用は主な手段のひとつとなり、各行政において再就職等のための研修を中心とした活用推進事業が進められている。潜在介護福祉士の活用は、短期的な課題解決としては有効な手段であるが、そこには女性のライフデザインに関する様々な問題を含んでいる。 >  本研究は、潜在介護福祉士の活用から浮かび上がる、介護福祉士という職業の様々な問題点を、女性のライフデザインを中心に調査していく。中長期的に潜在介護福祉士を活用するにあたっての問題点はなにか、介護福祉士養成における課題はなにか、そして現職の介護福祉士への支援体制などを中心に調査を行う。本研究によって、女性のライフデザインの中で介護福祉士という職業の意義が向上すると考えられる。 なお例文1の「女性の生涯発達をテーマに捉えなおす」というのはどういうことなのか?「さらにこの仮説を今後の女性の~への提言を目的とする」とあるが、ここも具体的な内容がわからない。それぞれ具体的なものに書き直した。 **例文2**(「政策提言」をカットし、「展開」として書き直す) > (概要) > 本研究では、取締役の責任軽減制度に対する損害賠償責任に関する日本の会社法について、その元となっている米国の会社法との比較研究を行うことによって、同制度が具体的にどのような場面に適応できるのかについて考察する。 > 会社法には、取締役の会社に対する損害賠償責任の一部を軽減できる制度がある(会社法 425条~427条、以下「責任軽減制度」)。しかし日本においては、責任軽減制度の利用が普及しておらず、同制度が実際にどのような場面に適応できるかについても明らかではない。 > 本研究によって、日本の責任軽減制度の問題点を明らかにし、望ましい会社法の制度の在り方について提案することができる。