--- title: "(B) 背景と問い" book: 科研費申請書の教科書 chapter: 第2章 何を・どこに書くか pages: 56-73 images: page_0056.png ~ page_0073.png --- ## (B) 背景と問い > **#科研費のコツ 19** 2段構えの法則 > **#科研費のコツ 20** 砂時計を意識せよ > **#科研費のコツ 21** 誰にとっての常識なのかを理解する(審査員は誰か) > **#科研費のコツ 22** なぜその研究をする必要があるのか > **#科研費のコツ 23** 審査員を教育しようとしない > **#科研費のコツ 24** どこから説明を始めるか > **#科研費のコツ 25** 問題提起→具体的な解決策 > **#科研費のコツ 26** 背景と問いの主要なパターン ### 「背景と問い」に迷ったらこう考えよう - **申請書の内容をおおよそ(8割程度)理解するために最低限必要となる情報は何か?** - **修士課程の学生が、この申請書を読んで理解できるだろうか?** - *基本的なことは知っているが、深い専門知識は持っていない者という意味 「背景と問い」は、研究の細かい部分や、研究の独自性や研究計画など関係の低いものを、うっかり書いてしまいがちなパートです。しかし、非専門家である審査員は細かなことを知りたいと考えていませんし、説明されたところで完全に理解はできません。審査員にとっては、申請書のだいたいのところが理解でき、ある程度適切に評価できさえすれば十分です。 ### 具体例 > **本研究の学術的背景と研究課題の核心をなす学術的「問い」** > > ダイズは世界の主要農作物の1つであり、食料以外にも、加工食品、動物飼料、バイオ燃料、飼料、化粧品、薬品などの製造にも使用されている。ダイズの生産における新たな脅威の1つに真菌 *Fusarium virguliforme* によって引き起こされる突然死症候群(SDS)が挙げられる。土壌伝染性のこの病原菌は根に感染し、その後、葉脈間の白化と壊死を特徴とする葉の症状を引き起こす。感染により、早期落葉、さやの落下、最大で100%の収量低下を引き起こしている。 > > これまでに、原因菌として *Fusarium solani* f. sp. *Glycines*(Fv)が同定され、米国ではFvが唯一のSDS原因種であることが明らかにされてきた(Rupe et al. 1989)。申請者もFvTox1とFvNIS1という2つのタンパク質が葉面SDSの発生に重要な因子であることを明らかにしてきた(Suzuki et al. 2022)。これらの研究により、SDSの原因となるFvや関連因子の種類や特性についてはかなり理解が深まっている。 > > > > > その一方で、これまではSDS発症後に病気を抑える方法について集中的に研究されており、SDS発症前あるいはFv感染前にFvTox1やFvNIS1の機能を特異的に阻害する試みはなされてこなかった。そのため、その症状を引き起こすためにFvが採用しているメカニズムやそれに基づく防除方法は明らかにされていない。申請者らはすでに、C末端にGFPを付加したFvTox1(FvTox1-GFP)を発現する植物を用いて作出し、これらが機能的であることを確認しており、質量分析によりFvTox1-GFPと相互作用するタンパク質を27種同定している[未発表データ]。さらに、そのうちの一部の因子については植物の病害応答に関与することがすでに報告されている。こうしたことから、FvTox1と相互作用する因子の構造を詳細に解析し、それをもとにした人工的な相互作用因子を作成することでFvTox1の機能抑制を介してSDSの発症予防を実現できると考えた。 > > > > > こうした状況から、「SDSに対して実効性のある解決策は何か?」という研究課題の核心をなす学術的「問い」に対して、答えを出すための状況が整いつつある。 ### 申請書種別ごとのガイド #### 科研費|基盤(C) - **該当する項目**:研究目的、研究方法など(1、2ページ目) - **分量**:若手/基盤Cの場合、1ページ目の終わりまで~2ページ目の1/3程度まで(約30行、1000字前後+図)。ページ数が増えたとしても2ページ目の半分くらいまで。 - **要素**:(2)背景・重要性からはじまり、(3)少し前の状況、(4)きっかけ、(5)独自性・妥当性、(6)現在の状況 - 研究目的直前までをコンパクトに書く。着想の経緯が続くので、文章が繰り返しにならないように調節する。若手・基盤では書けるページ数が変わるので、「背景と問い」の分量も前後する。書きすぎに注意。 #### 科研費|挑戦的研究(萌芽) - **該当する項目**:研究目的及び研究方法、応募者の研究遂行能力(S-42-1, 1ページ目、S-42-2, 1ページ目) - **分量**:S-42-1(0.4~0.5ページ程度)、S-42-2(0.2ページ程度、1段落) - **要素**:(2)背景・重要性、(3)少し前の状況、(4)きっかけ、(5)独自性・妥当性、(6)現在の状況、(7)研究目的 - 本研究の目的を書けという指示だが、研究背景等を書ける場所がここしかない。ページ数制限が厳しいので、ダラダラと書かず、半ページほどでスパッと書く。図をうまく使って文章量を減らし、紙面を節約する。 #### 学振 PD - **該当する項目**:研究の位置づけ(1ページ目) - **分量**:0.5~0.7ページ程度+図 - 背景からはじまり、現状説明、問題提起、アイデア……のように研究目的直前までをコンパクトに書く。着想の経緯が続くので、文章が繰り返しにならないように調節する。 - **要素**:(2)背景・重要性、(3)少し前の状況、(4)きっかけ、(5)独自性・妥当性、(6)現在の状況 - 聞かれているのは研究目的の直前までなので、ここで研究目的や研究内容まで言及しないようにし、「~〇〇〇は〇〇〇という点で問題である」のようなシンプルな形式で十分。 --- ### 「背景と問い」の要素 背景と問いには非常に多くの要素が含まれますが、必ずしもすべてを書く必要はありません。まずはどのような要素がありうるのかを把握しましょう。 ### (2-1)背景・重要性|研究分野の背景 多くの場合、研究課題を含めた、より一般的な分野についての背景説明から申請書を書き始めます。これには、申請書中で鍵となる用語の説明や分野の定義、一般的に事実であると考えられていることなどが含まれます。 これは、研究分野を定義することにほかならず、これから説明する研究課題は広い意味において何についての研究だといえるのか?を審査員にわかりやすく提示し、研究計画を理解するうえで必要となる背景知識を提示するためのパートです。 > **OK** 〇〇〇を意味する〇〇〇は〇〇〇である。 > **OK** 〇〇〇は〇〇〇{な/する}疾患であり、〇〇〇{を引き起こす/に関与している/である}。 > **OK** 〇〇〇は〇〇〇{し/により/することで/されながら}、〇〇〇{している/されている}。 審査員は申請者の専門分野に精通しているわけではないので、いきなり研究課題についての具体的な話をしてもわかってもらえず、研究計画を正しく理解してもらうことにつながりません。まずは、より一般的な話から説明を始めて、審査員を徐々に自分の研究課題へと導く必要があります(図2.3の砂時計を思い出しましょう)。まずは、これから何の話をするのか、どのような現状なのか、申請書で重要となる用語の意味や定義など、研究の全体像を最低限理解するために必要となる背景をなるべく一般的なところから順を追って説明します。この時には、 - **想定される審査員にとってどこまでが説明不要で、どこから説明が必要なのか** - **申請書を理解するために最低限必要な知識は何か** を意識し、なるべくコンパクトに書いてください。どんなに重要なことでも今回の申請書を理解するうえで不必要な内容であれば、書かない方がよいです。ややこしくなるだけです。申請書中で登場する要素の数は少なければ少ないほど理解しやすいという点を強く意識してください。場合によっては多少の正確性を犠牲にしてでも、話をシンプルにすることを優先することもありえます。 「背景だからすべての情報を盛り込むべき」、「事実であれば何を書いてもいい」などと考えるのではなく、 > **ポイント**: この内容は申請書の内容や研究計画の価値をだいたい(完璧にではない)理解するのに必要だろうか? という観点から、書く内容を取捨選択してください。 > **OK** 免疫チェックポイント阻害薬は進行したがんに対しても優れた効果を発揮する。 > **OK** 今なお、多数の反応性官能基を持つ分子の〇〇〇を制御することは困難である。 > **OK** 渋沢栄一は、日本最初の銀行や紡績会社など多くの企業を設立し、経済の発展に大きく貢献した。 > **NG** 転写因子〇〇〇は一般的に〇〇〇を認識するが、条件によっては〇〇〇も認識する。 > → いきなり個別の問題を説明しているため、読み手はついていけません。 > **NG** 本研究の目的は〇〇〇、△△△、□□□である。 > → 相手が同じような背景知識を持っていることが確実であれば、いきなり目的を説明しても許されるかもしれませんが、そうでないなら、何についての話なのか審査員はついていけません。 「背景|研究分野の背景」にこれといった定形はありませんが、強いていえば、短文で書き始めると読みやすいと思います。 ### (2-2)背景・重要性|研究分野の重要性 さらに続く文では、研究課題が含まれる一般的な分野の重要性を説明します。ここでいう重要性には、学術的あるいは社会的な影響が大きいことや、より多くの人が興味を持っていることなどが該当します。「(2-1)背景・重要性|研究分野の背景」との明確な区別はなく、(2-1)の一部として研究分野の重要性をまとめて書いてしまっても構いません。 > **OK** がんは、我が国において昭和56年より日本人の死因の第1位であり、現在では、年間30万人以上が、がんで亡くなっている。 > **OK** 〇〇〇は〇〇〇に重要である。 この際に、「重要な研究分野である」ことは必ずしも本研究の重要性を意味しているわけではない点に注意が必要です。分野の重要性は研究の重要性のための必要条件ですが十分条件ではありません。重要な分野の研究であっても、くだらない研究は数多くあります。 > **NG** がんは、我が国において昭和56年より日本人の死因の第1位であり、その克服は重要である。こうしたことから、好きな色とがんになりやすさの調査は喫緊の課題である。 このように、研究分野の重要性を示すことは必ずしも本研究の重要性を意味するわけではありませんが、申請者の研究が重要な分野の一部であり、本研究がそうした分野の進展に貢献しうることを示す点でこのパートは重要であり、簡単でいいので書いておきましょう。 ### (3-1)少し前の状況|研究課題の背景 一般的な分野から一歩踏み込んで、本研究に直接関わる具体的な分野の話へと話を進めます。ここは「(2)背景・重要性」と「(3)少し前の状況」の転換点であり、話題が急に飛躍しないように気をつけながら、一般的な背景から具体的な背景へ、研究分野全体の話から個別の研究課題の話へと、徐々に話を展開していきます。 さらに、この後の「(3-2)少し前の状況|これまでの他人の貢献」と「(3-3)少し前の状況|これまでの自分の貢献」をもとに研究目的や研究計画が立てられるので、それらの内容を理解し、評価するために必要となる背景説明をここで書きます。具体的には、 > **OK** {なかでも、近年、とくに、こうした中において、実際}、〇〇〇は〇〇〇であることが…… のように、適切なつなぎ言葉を入れ、広い話から自然な形で本研究の話へと範囲を狭めていくとともに、その後の自他の貢献を理解するための背景を簡単に説明します。 「(2-1)背景・重要性|研究分野の背景」と同様、ここも何を書いてもよいわけではなく、申請書をだいたい理解し評価するうえで、最低限必要となる情報にとどめておくべきです。とくに具体的な研究の背景は申請者がまさにいま取り組んでいるところであり、この部分を書きすぎている申請書を数多く見かけます。審査員が理解できる申請書であることは、高い評価を受けるために最低限必要となる条件です。 ### (3-2)少し前の状況|これまでの他人の貢献 他の研究者がこれまでにどんな興味を持ち、どんな視点から、どのような研究をしてきたのか、その結果何が示されてきたのか(結論)、について書きます。 **問題解決型の場合** 次の「(4)きっかけ」での問題提起に向けた現状認識にあたるので、 > **OK** これまで地球は平らだと信じられてきた(が、実際は球に近い)。 > **OK** 〇〇〇には性差がないとされてきた(が、実際にはある)。 など「一般的にはそう考えられている(が、本研究ではそうではないといいたい)」とか「これまでの捉え方(は不十分で、本研究では新しい視点を提示する)」のような、本研究の価値を高めるための踏み台となる内容を書くパターンが多いです。 **価値創造型の場合** 次の「(4)きっかけ」でさらに前進するための現状認識にあたるので、 > **OK** これまでにも地球は丸いことが確かめられていた(本研究では、より精細に計測する) > **OK** 脳の機能拡張というアイデア自体は昔から存在していた(が、本研究ではいよいよそれに挑戦する) のように、これまでの流れをさらに拡大・発展させるという内容を書きます。わかっていること・示されていることを整理せずに、カタログ的に書き連ねることは避けてください。 他と同様、研究目的あるいは研究計画と密接に関連していることだけに絞って書き、何を書いてもいいわけではありません。たとえば、 > **NG** リンゴは赤いことが示されていた。本研究では、リンゴの病気を効率的に防ぐ方法を確立する。 と書くと、審査員は「リンゴが赤い」という内容に関連した申請書であることを想定しながら読み始めます。しかし、実際の研究内容はリンゴの病気についてであり、想定した内容と異なった内容を提示された審査員は肩透かしを食ってしまいます。病気を防ぐ方法についての研究内容を理解するうえで、「リンゴが赤い」という情報はまったく活かされていないばかりか、病気を防ぐ方法については触れられていません。 また、それとは逆に、関連しているからといって何を書いてもいいわけでもありません。 > **NG** 我が国の年齢階級別の死因第一位および死亡率(人口10万対)は0歳から4歳が先天奇形、変形及び染色体異常(1,057人/10万人)であり、5歳~9歳は……(平成21年 厚生労働省 第8表 死因順位(第5位まで)別にみた年齢階級・性別死亡数・死亡率(人口10万対)・構成割合より) のような文章は、詳しすぎます。では、どの程度の情報量が適切なのでしょうか? どこまで書くかを迷った時は、**「申請書をおおよそ(80%くらい)理解し・評価するために、この情報セットは必要十分だろうか?」** と問うようにしてください。ほとんどの場合、審査員は分野外なのですから、限られた紙面、限られた時間のなかで申請者の研究内容を100%理解してもらうことは不可能ですし、審査員もまた100%理解したいとは考えていません。多すぎる情報は、本当に重要な情報が何であるかを見失わせてしまいます。審査員が背景で求めているのは、**申請書を理解し評価するうえで最低限必要となる背景知識** です。決して、「審査員を教育しよう」、「すべてを理解してもらおう」などと思ってはいけません。 また、後の「現在の状況」も同じですが、ここではすべてがわかっている(わかっていない)と書いてしまうと傲慢な印象を与えかねません(実際、そうした状況は考えにくい)。ある部分はわかっているが、ある部分はわかっていないという書き方が可能であり、そうすることで客観的な姿勢で取り組んでいることを印象づけられるでしょう。 2つ並べて書く場合は最後に出てくる内容がもっとも強調されます。 > **OK** 〇〇〇については理解が進んだが、**重大な〇〇〇についてはわかっていない** > → わかっていないことが大問題だと考えている > **OK** 〇〇〇の全体像の理解はまだ不十分であるものの、**〇〇〇についての理解は進んできた** > → 理解できている部分がある点を評価している このように書く順番によって読む側の印象は変わってくるので、申請者の意図に沿った構成にしましょう。 ### (3-3)少し前の状況|これまでの自分の貢献 今回の研究に関連して、申請者(ら)も研究分野や研究課題に関して貢献してきたのであれば、ぜひ書いておきましょう。ここの書き方は2つのパターンがあります。 **申請者(ら)も他の人たちと一緒になって研究を進めてきた** > **OK** 〇〇〇は〇〇〇であることが示されてきた。申請者(ら)も、〇〇〇により、〇〇〇の〇〇〇を明らかにしてきた[文献]。 このように書くことで、これまで他の研究者と同じ方向を向きながら研究を進めてきたことを示し、自分たちが専門家として研究の進展に貢献してきたことをアピールできます。もっともオーソドックスなパターンです。 ただし、未発表データをここで示してしまうのはもったいないです。他にもっと効果的に使える場所があるので、ここに書く内容は発表済みのものにとどめておく方がよいでしょう。 **他の研究者の研究方針や研究結果は実は間違っている** > **OK** 〇〇〇は〇〇〇であることが示されてきた。しかし、申請者らは〇〇〇においては、むしろ〇〇〇であることを明らかにしており、…… このように書くことで、これまでいわれてきたことが実は(部分的に)間違っており、申請者らが新たに発見した、すなわち、申請者らには最新の知見や研究の先進性、材料・装置・データ等の優位性があり、他の人ではなく申請者(ら)こそがこの研究を行うのにふさわしい、ということをアピールすることができます。 ### (4-1)きっかけ|問題提起と弊害 すでに顕在化している問題については、研究を通じて問題解決を目指す必要があることはわかりやすいでしょう。この際のポイントは、**複数ある問題の中から、なぜこの問題に優先的に取り組む必要があるのか**、について説得力を持って説明することです。 対象としている研究分野において、すべてがうまくいっており、誰も何も困っていないのであれば、もはや研究する余地はありません。そうではなく、 - **他の問題よりも優先度が高い** - **具体的な弊害が出ている(出そうである)** といった理由があって初めて、他の問題ではなくこの問題に取り組む理由になります。「単に申請者がずっと研究してきたから」、「申請者が興味を持っているから」ではすべての研究が該当するために差がつきません。 ここに書く内容は「国際平和」や「人類の幸福」といった大きなものだけでなく、「〇〇〇の理解を妨げていた」や「〇〇〇が〇〇〇であるかは不明のままであった」といったもっと範囲を絞った学術的な内容でも構いません。ただし、その場合には、この研究が潜在的には多くの人にかかわりうる問題であることにしておかないといけません。 > **NG** これまでに〇〇〇に関する報告は少なかった。 > **NG** 〇〇〇は研究されていなかった。 のような主張をしたところで、そもそも研究とはこれまでに実施されていないことを行うものですので、大した説得力を持ちません。また、関連する研究がないことは必ずしも研究する必要性を意味していない点にも注意が必要です。そうではなく、 - **この問題を扱うべきである**:緊急性が高い、すでに問題が顕在化しており、弊害もある。 - **あなたなら(この研究室なら)解決できる**:他の人にはない技術・アイデア・材料・装置などを申請者(ら)は持っており、この問題に答えを出せる。 をともに満たすような問題設定を心がけてください(どちらかだけではダメです)。 ### (4-2)きっかけ|状況変化 問題解決型と異なり、価値創造型の場合はきっかけを説明することは少し難しいですが、それでも、技術革新や新たな資料の発見、見直しの機運が高まっている、これから問題になりそうである、など研究を開始するきっかけが何かあるはずです。他にもできることやすべきことがたくさんあるにもかかわらず、とくに何のきっかけもなくまったく違う研究を始めようとしても、ほとんどの人は納得できないでしょう。 > **OK** 青い色素は神経保護の役割を持つことが報告されたため、青い色素をマウスに投与し…… > **OK** 近年、徳川埋蔵金に関する新しい文献が発見され、それによると〇〇〇に埋蔵金があると考えられたがまだ試掘されていない、そこで…… このような説明であれば納得できる人も多いのではないでしょうか。きっかけを示すことで研究内容に説得力を持たせることが可能になります。 ### (4-3)きっかけ|未解決・未実施であった理由 > 問題解決型:「この問題は未解決か?」→ Yes →「この問題は重要か?」→ Yes →「解決案を持っているか?」→ Yes →「研究する価値がある」 > 価値創造型:「これは未実施か?」→ Yes →「これは価値があるか?」→ Yes →「実現できそうか?」→ Yes →「研究する価値がある」 > いずれもNoの場合は研究対象として不適切。 研究テーマの選び方でも説明したように、扱うべき課題は、未解決・未実施かつ重要なものに限られています。しかし、たとえこの基準を満たしていたとしても解決のための糸口がないのであれば、研究しようがありません。たとえば、 > **NG** 光の速さを超えて移動することはできないため、宇宙の果てについては不明であった。 > **NG** 無から生命を作り上げることは未だ成功しておらず、成功すれば基礎科学だけでなく、医学や哲学を含めさまざまな分野に大きなインパクトをもたらす。 と書いてしまうと、話の流れ上、研究計画では光の速さを超えて移動する方法や、無から生命を作る方法を書く必要が出てきてしまいます。これらの課題が重要であり魅力的であることには疑う余地はありませんが、解決・実現する方法がないのであれば、絵に描いた餅です。 これを防ぐためには、**課題が未解決・未実施のまま放置されている理由について申請者なりの答えを用意しておく** 必要があります。 > **OK** これまで〇〇〇を直接観察する方法がなかったために、〇〇〇は不明のままであった。 この例では、〇〇〇を直接観察する方法がなかったからうまくいっていないのだ、という申請者なりの解釈があります。裏を返せば、〇〇〇を直接観察することが問題解決の糸口になると考えており、「そこで本研究では、〇〇〇を直接観察する方法を新しく開発する」という研究目的へと話が自然に展開します。 このように、問題が未解決であった理由を示すことで、問題解決の糸口がどこにあるかを示し、問題解決と研究目的をつなぐことが可能になります。 未解決であった理由はとても重要なので、別の視点からも見てみましょう。以下では問題解決型の例を取り上げていますが、価値創造型でも同じです。まず、 > **ポイント**: ここで指摘した未解決問題がもし本当に重要であり、その解決方法も存在しているならば、すでに誰かがやっているはずである。 という考え方はとても重要です。この主張は「すでに解決方法があるにもかかわらず未解決のまま残されている問題は、『実はそれほど重要ではない』あるいは『現時点では難しすぎて解決できない』」という考え方と言い換えることも可能です。 申請者としては「この未解決問題は重要で、解決可能だ」と主張したいのですから、当然、こうした考え方は認められません。こうしたことを防ぐためには、 - **問題としては認識されていたが、技術や材料、装置などの不足により、これまでは研究したくてもできなかった(しかし、申請者ならできる)。** - **そもそも、それが重要な問題だとは認識されておらず、これまで放置されていた(しかし、申請者はそれが重要であることに気づいた)。** のように、問題が未解決のまま放置されてきたのは、問題自体がくだらない、難しすぎるから、といった消極的な理由ではなく、もっと別の理由があると説明する必要があります。 > **OK** これまでは主に形態に着目した解析は盛んに行われてきたが、性質はおおむね同じであるとの考えから、〇〇〇の違いに着目した報告はほとんど存在しなかった。 > **OK** これまでは〇〇〇の計測精度の限界は〇〇〇で決まっており、それ以上の精度での計測は理論上不可能であると考えられていた。 > **OK** 〇〇〇に対する認識は、〇〇〇以来、ほとんど変わっていないままである。 そして、続く「研究のアイデア」において、未解決の原因となっている障害を申請者なら突破できる、と書くのです。 ここで、問題が未解決であった理由が真実かどうかは必ずしも重要ではありません(もちろん真実であるべきですが、分野外の審査員にとってはそれが真実であるかどうかを判定することは実質的に不可能です)。そのため、申請者の主張をある程度の根拠をもって説明できればそれで十分です。最低でも「どういった視点が欠けていたのか」に対する答えを書き、可能ならば「なぜそうした視点は欠けていたのか」に対する答えも書くようにします。 ### (5-1)独自性・妥当性|着想の経緯、(5-2)独自性・妥当性|研究のアイデア 「背景と問い」で研究のアイデアと着想の経緯を書くことも多いですが、詳しくは後の「着想の経緯」で説明します(p.74)。 **「着想の経緯」を書く欄が別に用意されている場合** 「背景と問い」では数行で、ごく軽くアイデアを紹介する程度にとどめておき、「着想の経緯」で詳しく説明します。同じ内容を繰り返して書く余裕がない場合がほとんどですから、表現や内容の重複をなるべく避けるようにしましょう。 **「着想の経緯」を書く欄が別に用意されていない場合** アイデアや着想の経緯について説明するため、ある程度のスペースをとって丁寧に説明する必要があります。 ### (6-1)現在の状況|他人の成果 「背景・重要性」では研究の重要性を含め、一般的に真実だと考えられていることを書くのに対して、「現在の状況」では他の研究者がこれまでにどう考え、どのように取り組んできたのかについて書きます。すでに説明した「少し前の状況」との違いはそれほど大きくなく、「少し前の状況」ではアイデア(本研究に関するこれまでの取り組み)を実施する前の状況を、「現在の状況」ではアイデアを実施した後の状況について書きます。そのため、どちらか一方で十分であるケースは少なくありません。 真実と考えられていることを書く以外にも、「これまでは〇〇だとされてきた(が、実はそうではない)」のように、世間ではそういわれているものの、申請者自身は必ずしも正しいとは考えていないようなことを伏線として書くケースもあります。これまでにどのような考え方があり、どのような研究がなされてきたのか、をまとめることは研究のスタート地点を具体的に定義することにつながります。 また、申請書の物語はハッピーエンドの物語であり、研究を通じて「現在の状況」よりも良くなることが大前提です(そうでなければ研究する意味がない)。ここで書く「現在の状況」は本研究の完成後にはアップデートされる運命にあり、「背景・重要性」との大きな違いです。 たとえば、以下のように、「現在の状況」には問題があることを示して現時点を下げることで、成功した時の伸びしろを確保する書き方はよくあります。 > **OK** 〇〇〇については理解が進んだが、重大な〇〇〇についてはわかっていない > **OK** これまでに〇〇〇や〇〇〇が行われてきたが、〇〇〇についてはわかっていない また、その逆の書き方として、 > **OK** これまで、〇〇〇については不明であったが、最近になって…… > **OK** これまでに〇〇〇が〇〇〇されており、〇〇〇が可能になった のように、現時点でもよいが改善の余地はあり、その意味で不十分だとすることも可能です。 ### (6-2)現在の状況|自分の成果 ここも「(6-1)現在の状況|他人の成果」と同様に、研究のスタート地点を示し明確にするための役割を持っています。書くことがないのであれば省略しても構いませんが、申請者(ら)がこの分野に貢献してきたこと、専門家であることをアピールするためのチャンスですので、なるべく書いておくようにしましょう。他人の成果を書かず自分の成果だけを書くと、独りよがりと受け止められかねません。 また、他人の研究と自分の研究の両方を書く場合には、両者の関係を意識して適切につなぐ必要があります。 > **OK** これまでに〇〇〇であることが示されてきた。申請者らも〇〇〇が〇〇〇であることを…… > **OK** 申請者らはこれまでに〇〇〇の〇〇〇を示してきた。これに対応するように、〇〇〇においても〇〇〇が示されている。こうしたことから…… --- ### 研究課題の核心をなす「問い」 科研費における、研究課題の核心をなす学術的「問い」という項目は、何をどう書けばよいのかがわかりにくく、苦戦している人が多い印象です。「問い」を書くことが求められていないのであれば、あえて書く必要はありません。 「問い」は、申請書の前半部分をまとめ、研究目的につなげるための導入としての役割を持ちます。砂時計の例でいうと上半分のまとめです。まとめですので、「きっかけ」、「少し前の状況」、「アイデア」、「現在の状況」といろいろな要素に続ける形で「問い」を書くことができます。 **きっかけに続けて書く場合** > **OK** 〇〇〇は〇〇〇において非常に重要な問題であるが、その詳細な制御メカニズムは不明のままである。したがって、「〇〇〇において、〇〇〇はどの程度重要か?」という問いは、本研究領域の核心をなす学術的「問い」であるにもかかわらず、まったく手つかずのままであった。 のように、これまでの研究ではある視点がごっそりと抜け落ちていて、それこそが研究課題における問いそのものである、というような書き方になります。 **アイデアに続けて書く場合** > **OK** こうしたことから、〇〇〇は〇〇〇であると考えられた。したがって、本研究領域の核心をなす学術的「問い」は「〇〇〇において、〇〇〇はどのような役割を果たしているのか?」であり、これを示すために以下の研究を計画した。 > **OK** 〇〇〇は〇〇〇であると考えられた。こうしたことから、〇〇〇を〇〇〇することで、「〇〇〇はどのように〇〇〇しているか」という本質的な問いに答えることができると考えられた。 のように、あるアイデアから導かれる疑問に答えることや、あるアイデアを用いることによって、研究課題における問いに答えを出せる、というような書き方になります。こうした場合に、 > **NG** 〇〇〇であると考えられる。こうしたことから、申請者は、手袋をすることで寒さを防げると考えた。そこで本研究の「問い」として、「手袋をすることで寒さを防げるか?」を設定する。 のように、「問い」がアイデアの繰り返しにならないように気をつける必要があります。文章表現の工夫でどうにかするのではなく、アイデアを利用して一歩先に進むイメージで、アイデアと「問い」がまったく同じものにはならないような工夫が必要です。 こうした重複を回避するアイデアの1つとして、 > **OK** 〇〇〇であると考えられる。こうしたことから、本研究課題の核心をなす「問い」として、「〇〇〇をすることで〇〇〇できるか?」を設定し、これを検証することで、〇〇〇に対して答えを出せると考えた。 > **OK** そこで本研究は「〇〇〇を〇〇〇することで〇〇〇できるのか?」を研究課題の核心をなす問いとして設定し、…… のように、アイデアと問いを一体化させ、アイデアが「問い」そのものであると書くことはできるでしょう。 **現在の状況に続けて書く場合** 多くの申請書はこのパターンです。 > **OK** このように、〇〇〇であることが(予備的な研究から)示されている。〇〇〇が〇〇〇であることを考慮すると、〇〇〇が〇〇〇ではないだろうか? この(これらの)問いは〇〇〇を解き明かす重要な鍵となると考えられる。 > **OK** こうした結果は、〇〇〇につながると期待されるが、〇〇〇の〇〇〇についてはまったく明らかにされておらず、本研究課題の核心をなす学術的「問い」として残されたままである。 のように、現在の状況に続けて書くと、少し前の状況→アイデア1→現在の状況→問い(アイデア2)のように、「問い」はアイデアのような性質を持ちます。 --- ### 「背景と問い」の構成 **記号の意味** - / 問題が解決した、理解が進んだ、良くなった、取り組まれている - \ 問題は解決していない、よくわかっていない、悪化している、放置されている **パターンのルール** - /(肯定的)、\(否定的)、書かない、のどれかを入れる - 「少し前の状況」と「現在の状況」はいったん下げてから最終的に上がったり(\/)、上がってから最終的に下がったり(/\)するパターンもありえる - **「背景・重要性」と「少し前の状況(現在の状況)」は必ず書く** - **「独自性・妥当性」は必ず肯定的(/)** - 1つの要素内で\/\や/\/のように二転三転させることで、さらに劇的にすることも可能だが、審査員の理解が追い付かなくなるので、推奨しない 「背景と問い」の構成の基本的なパターンは図2.10のように大きく3つあります。とくに大きな問題もなく着実に進展する**価値創造型**、問題がありそれを解決しようとする**問題解決型**、それをさらに進めて問題を解決しようとしたらまた別の問題が出てきて……と、上げ下げを繰り返す**劇場型**です。問題解決型のより劇的なタイプである劇場型ですが、あまりにも何度も成功と失敗が繰り返される申請書は読み疲れやすいので、とはせいぜい2、3回までです。 いずれのパターンであっても、今よりも良い世界を目指すために研究するのですから、\や/がありつつも最終的には「現在の状況」あるいは「少し前の状況」よりも高い位置にいることを目指します。申請書はハッピーエンドの物語です。 > 価値創造型:全体的に右肩上がりの曲線。問題解決型:途中で下がるが最終的に上がる。劇場型:上下を繰り返しながら最終的に上がる。横軸は(2)背景・重要性→(3)少し前の状況→(4)きっかけ→(5)独自性・妥当性→(6)現在の状況→(問い)。縦軸は問題解決度あるいは価値創造度。 ここでは縦軸に、問題解決度あるいは価値創造度をおいたときの「背景と問い」全体の流れをみてみましょう。これに「問い」を書くか・書かないかまで考えると膨大な組み合わせがあり、これが「背景と問い」が難しい理由の1つです。ここでは、代表的なパターン1だけを紹介します。 **価値創造型** > (2)背景・重要性 → 〇〇〇は〇〇〇である。 > (3)少し前の状況 / これまでに〇〇〇が明らかにされてきた。 > (4)きっかけ / これに関連して、近年、〇〇〇についても報告された。 > (5)独自性・妥当性 / このことから、〇〇〇することで〇〇〇できると考えられた。 > (6)現在の状況 / すでに、〇〇〇については〇〇〇されている。 > (問い) / (そこで申請者は、〇〇〇は〇〇〇ではないか? との問いを立てた) **問題解決型** > (2)背景・重要性 → 〇〇〇は〇〇〇である。 > (3)少し前の状況 \ 〇〇〇については明らかにされておらず > (4)きっかけ \ したがって、〇〇〇についても不明のままであった。 > (5)独自性・妥当性 / これに対して、〇〇〇することで〇〇〇できると考えた。 > (6)現在の状況 / 実際、〇〇〇については〇〇〇であることが明らかにされている。 > (問い) / (こうしたことから、〇〇〇により〇〇〇できるか? と問いを立てた) **劇場型** > (2)背景・重要性 → 〇〇〇は〇〇〇である。 > (3)少し前の状況 / これまで〇〇〇が明らかにされてきたものの、 >           \ 〇〇〇については不明のままであった。 > (4)きっかけ \ そのため、〇〇〇の理解は大幅に遅れている。 > (5)独自性・妥当性 / これに対して、〇〇〇することで〇〇〇できると考えた。 > (6)現在の状況 \ しかし、〇〇〇の難しさから〇〇〇の解析は困難なままであった。 > (問い) (こうしたことから、〇〇〇により〇〇〇を実施することで、〇〇〇を明らかにできるか? を研究課題の「問い」に設定した)