科研費以外の研究費への応募の可能性 Column C村くんの三度の学振特別研究員への挑戦 不採択に不採択を重ねた2年間という日々は 無駄ではなかった.そう思える日がくるとは、 あのときの私には想像がつかなかった。 初めて申請したのは2年前.忘れもしない沖 縄旅行と並行しての申請書作成、右も左もわか らないまま、思ったことをただ書き連ね、結果。 予想通り不採択.沖縄の広い空と青い海が思い 出された。まあ仕方ない、来年こそは! 時間さえかければと、リベンジを誓った翌年。 過去の採択者にお願いして「いい(採択された) 申請書」を勉強し、さらに文章も校正に校正を 重ね、もうこれ以上のものは書けないと満を持 して申請。結果、不採択、 しかも判定のおま けつき、情けないやら悔しいやらいろいろな気 持ちが混ざってしばらく放浪の旅に出た(沖縄、 アメリカ). 正直なところ、3度目となる今年はもう申請 しないでおこうと思っていた。前年度以上の申 請書は書けないと思ったし、何より傷心,いま だ消えやらぬ状態.業績もほとんど更新されて いない。申請書を書かない“言い訳”はいくら でも思いついた。加えてこの年は、共同研究先 でまったく新しい研究をはじめなければならな いという状況で、異動の準備や手続き、新しい 実験手法を習ったりしている間に時は過ぎ、気 がつけば学内締め切りまで残り 10日となって いた。もう無理。そんなときに聞こえてきたの は、某漫画の名ゼリフ「あきらめたら、そこで 試合終了ですよ」の声.しかし現実問題、残り 時間はわずか10日、本当に間に合うのだろう か?とにかく残されたすべての時間を申請書の 作成に費やすことにした。 限られた時間で申請書の “ツボ”を的確に押 さえるためにはじめたこととして、公募要領の 読み込みと、どのような目的でどのような人材 を求めているのか、採択される申請書とはどの ようなものか、そのイメージを膨らませる作業 にかなりの時間を費やした。結論,自分の研究 がいかに面白い研究であるかを素直に審査委員 に伝えること。とにかくそのことに専念する。 そう考えると申請書の項目が非常に単純に思え てきた.いや、そうやって単純に考えなければ 期間内に書き上げるのは無理だっただろう。各 項目に沿って素直に記入する。とにかくわかり やすく、同じ文章でも文の並びを変えるだけで ずいぶんと印象が違ってくる。文章で理解でき ないと思われるところは図で補う.とにかくわ かりやすく、図のレイアウトを変えるだけでも ずいぶんと見栄えが違ってくる。後でファイル の更新記録を見返してみると、少なくとも3回 は大きく書き直しているようだった。そうして 仕上がったのが期限前日。時間的に難しいとき は教授のチェックなしで申請する許可だけはは じめにもらっていた。申請書を書き上げるとそ のままプリントアウトし、事務に提出した。期 限ギリギリ.この年は沖縄には行かなかった。 採択の結果は例年よりも早く公表された。ふ と、学振が取れなければ研究をやめた方がいい かもしれない.そんな考えが脳裏をよぎった。 今後も研究を続けていくなら、研究費の獲得は 研究者にとって必要不可欠な能力だからだ。そ う考えると、ネットで審査結果を見るために、 電子申請システムにIDを打ち込む手が震えた。 そこまでの覚悟をもって、後悔のないよう最後 の一文まで書けただろうか。・・・・・ページが開く. そこには『内定』の文字が、頭の中が真っ白に なった。獲った。獲れたんだ!!驚きと安堵が 交錯してなんとも不思議な気持ちだった。教授 に報告すると本当に心から喜んでくれた。もし かするとそれが一番嬉しかったかもしれない。 今、学振特別研究員として日々、研究に打ち 込んでいる。それまでの生活と大きく違うとこ ろはないが、自分は学振特別研究員なのだとい う自負と採択課題に沿って主体的に研究しなけ ればならないという覚悟をもって研究できるの は非常にありがたい経験だと考えている。もし これから学振に応募される方がいるのならば、 ぜひ最後の最後まで後悔のないよう手直しして ほしい。なぜならば、「あきらめたら、そこで 試合終了」なのだから. (269