本研究で何をどのように、どこまで明らかにしようとするのか 「神経炎症反応を抑える〇〇の働きを解明する」 →「〇〇がどのようにして神経炎症反応を抑えるのか、そのメカニズムを 解明する」 「高齢者支援にかかわっているカウンセラーを対象にインタビュー調査を行う」 →「高齢者支援にかかわっているカウンセラーを対象にインタビュー調査 を行い,システム構築への工夫や問題点を明らかにする」 Column 初めての科研費(Eさんの場合) 大昔、まだ医師免許証を利用して生活をして いたころ,ある日、医局の先生から科研費申請 書の清書を頼まれた。これが科研費と私の最初 の出会いであった。その当時は、電子申請など なく、ワープロで作成した文書を申請書の枠内 に貼付するか、直筆で記入するかのどちらかで あった。なぜか私の直筆で提出した分が採択さ れる(当時の医局七不思議)ので、在局中はよ く清書を行った。そして(上司の課題がよかっ ただけなのに)科研費は申請すれば簡単にもら えるという誤った認識をもつに至った。 医局を離れ、迷走し続け、科研費を申請する ような立場に至るまで(久留米に着くまで)約 10年が経過した。この間は、ひたすらボスの をかじり、ボスから研究費の獲得がいかに難 しいか聞く機会はあっても、私自身が研究費の 獲得に苦悩することはなかった。私の干支は未 である。未にとって紙(金)を食うことは得意 中の得意,幸いボスのは太かった。 さて、久留米大学分子生命科学研究所(分生 研)での1年目の申請、日本語の公募要領を読 みながら申請書を提出、惨敗.2年目,提出前 に教授のチェックを受ける。ダメダメ、書き直 しと言われたのが締め切り2日前.「なにがダ メなのか教えてよ」とつぶやきながら徹夜で書 き直して提出、惨敗、3年目、周りの優れた研 究者の報告書を参考に提出、評価はA、やった、 でも受け取ったのは不採択を知らせる通知書、 残念。そもそも私は稼ぐより、消費に向いてい る.しかしこのままでは一人前にはなれない。 そして4年目を迎えた。科研費の書き方の講 習会に参加、私が作成した前年度の申請書を 「悪い例」として資料に採用していただいた。悪 い例ならいつでも材料を提供できる私である。 実験でもネガティブデータの山を築くことは得 意である。これは他の人の追随を許さない。お かげで、限りない問題点の一端が明らかにされ た、さらにK先生には何度となく添削をしてい ただいた。申請する分野についても真剣に考え た。果たしてその結果は、またも不採択。科研 費に対する誤った認識を捨て、自分にとって料 研費は申請しても簡単にはもらえない。超難し い研究費になった。 5年目の申請、宝くじも買ってなんぼの世界, 申請書だって出してなんぼやと自分を鼓舞して 提出.あまりの惨めな自分に同情してくれたの か、ついに女神様が微笑んだ、5年目の研究課 題ではなく、4年目の申請課題が、秋に追加採 択されたのである。いわゆる敗者復活戦で、初 の科研費獲得に成功したのである。 しかし、よくよく振り返ると、申請書の書き 方の未熟さ以上に論文がないことが最大の問題 である。問題の論文は、任期切れ直前にMCB にアクセプトされた。任期切れ間際でのポジ ション獲得と論文のアクセプトは、久留米に来 る直前、パターソンがん研究所でも同じであっ た。お尻に火がついてからでないと実行できな い。自分の悪い癖である。久留米大分生研で過 ごした5年間は論文のまとめ方、研究費の獲得 についてを学ぶ貴重な時期であった。長らく料 研費が取れないまま年齢だけを重ねる私を排除 せず、あたたかく見守ってくださった同僚の皆 様に感謝せずにはいられない。 165