COLUMN ① ターゲットの視覚文化を考える 世の中の多くの人は、他人も自分と同じように図を利用したり理解した りしていると考えています。しかし、図の利用頻度や使い方には文化(視 覚文化)があります。このため、異なる視覚文化をもつ人は、自分と同じ ようには図を捉えてくれないことがあります。 例えば、生命科学のなかでも特に分子生物学などの分野は、頻繁にマウ スや細胞などのイラストが入った概念図を利用します。論文にも教料書に もそのような概念図があるため、イラストがあることに慣れており、発表 や論文にイラストを入れるのが普通だと感じる方も多いのではないかと思 います。一方で、例えば哲学や数学などの分野はあまりイラストを使った 図は使わず、言語や数式による表現を重視します。このような分野の研究 者にイラスト素材が多用された図を見せても、違和感を抱く場合や、軽い、 あるいは思考が浅いような印象を与える可能性があります(ただし分子生 物学、哲学や数学のなかでもさまざまな分野やコミュニティがありますの で一律ではありません)。 また、データとしての画像や図表も、分野ごとにその分野の実験・分析 技術に依存して利用されやすい図の種類が決まることがあります。例えば 同じ生命科学のなかでも、蛍光顕微鏡画像を多用する分野もあれば、系統 街を頻繁に使用する分野もあります。近い分野にみえていても、図の利用 傾向は全く違うこともあります。 このように、どの図がよく使われるのか、どの図が好まれるのか、どの 図が理解しやすいと感じるのかといった点は、分野やコミュニティによっ てかなり違います。私の専門分野である科学論の研究では、とある研究分 野に新たな実験技術や新たなタイプの図が導入されると、それを使う研究 者の間で特定の種類の図の視覚文化が形成されるということが、歴史的に 指摘されています。1つの技術でも1つの文化が成立するくらいなので、1 つの分野のなかでも相当多様な視覚文化があると考えられます。 25