--- title: "インタビュー:さまざまな制作の支援者" book: 申請書・論文で役立つグラフィカルアブストラクト作成の基本とコツ chapter: インタビュー pages: 202-224 images: page_0202.png ~ page_0224.png keywords: ["イラスト", "スキルアップ"] --- # インタビュー:さまざまな制作の支援者 ### ① 井上寛美 ― 研究支援者としてラフ制作を支援する(p.202-205) **井上寛美** 京都大学ヒト生物学高等研究拠点(ASHBi) リサーチコーディネーター 修士課程終了後、日米でテクニシャン・ラボマネージャーとして勤務。2020年11月より現職。ASHBiでは、大学院生・若手研究者のキャリア形成支援のためのセミナーやプログラムを企画・運営している。特に研究の可視化に着目し、研究者が論文やプレゼンテーションで効果的な図を作成するための支援を行っている。 京都大学ヒト生物学高等研究拠点(ASHBi)にて研究概要図の制作を支援している井上寛美氏に、研究者支援のしかたや制作で気を付けていることをお聞きしました。 **Q1:あなたは普段はどのように働いていますか。** **A:** 私は京都大学ヒト生物学高等研究拠点という研究所で働くリサーチコーディネーターです。私が所属するリサーチ・アクセラレーション・ユニットは、研究者が研究するために必要な研究以外の業務を引き受けるユニットで、研究室のセットアップやグラントのライティング、広報を行っています。同じユニットには科研費などのライティングをサポートする方もいれば、論文のサポートをする方もいます。私は広報としてプレスリリース制作やウェブサイトの記事の作成、高校生向けのアウトリーチ活動や留学生の支援プログラムなどをしています。そんな活動の一環として、イラスト制作も支援しています。 私自身は今の仕事に着任する前は、アメリカで生命科学系のラボのラボマネージャーをしていました。このため、イラストやデザインのスキルは他の研究者と同じレベルでした。イラスト制作の支援をするきっかけは、アメリカにいたときに日常的に使っていたBioRender(COLUMN③参照)という図制作ソフトです。日本に帰国してみると誰も使っていないことを知り、こんな便利なものがあるよとセミナーなどで紹介したら大きな反響がありました。それからイラスト制作について質問を受けるようになり、著作権などを勉強して支援を広げています。 **Q2:研究概要図の制作支援はどのように行っていますか。** **A:** 研究者から依頼を受けてプレスリリースに掲載する概要図の制作を支援することが一番多いです。作成に必要な「何を伝えたいですか?」といった情報は、研究者にアンケートというかたちでお答えいただいているのですが、このアンケートでイラスト制作を希望した研究者に対し、ラフ制作とプロに依頼する支援を行っています。 具体的には、まずは研究者にジャーナルに提出したグラフィカルアブストラクトをたたき台として提出していただき、それをもとに私がPowerPointでラフをつくります。ラフは研究者にお願いすると極端に情報が多いか極端に情報が少ないことが多いです。また、プレスリリースのテキストのなかで書かれていないことが図になっていることもあります。このため私がラフをつくる際には、研究者から提供された情報をもとに、読み手に対して適切な情報が入っているのかと、テキストと整合性がとれているのかというポイントに注意するようにしています。 ラフは研究者に確認していただき、修正を行ったあとにイラストレーターに送って制作を依頼します。誰に依頼するかは、締め切り時間や利用用途を踏まえて選んでいます。イラストレーターとの連絡窓口は私に一本化し、研究者とイラストレーターの間に入って通訳のようなことをしたり、わかる範囲で質問に答えたりしています。 **Q3:実際にどのような研究概要図をつくっているのですか。工夫した点を教えてください。** **A:** - **図①-1 グラント申請用の図(2024年)** ― 数学と生物学が融合するテーマのグラント申請用の図。情報学をご専門としたイラストレーターが担当。イラストレーターは数学的にも掘り下げた図をつくりたいという熱い想いで最初のラフをつくってくださいましたが、研究者は今回の図は数学の研究費申請に使用するため、数学よりも生物学的な複雑な現象をわかりやすくイラストで見せてほしいというご希望でした。そこで、もう少し生物学寄りにしてはどうかとイラストレーターに提案し、最終版のような形で仕上げていただきました。(制作:株式会社トライス) - **図①-2 プレスリリースの図(2024年)** ― プレスリリース用の図。最初に研究者からメールで論文のグラフィカルアブストラクトなどをいただき、その内容から一般の読者にはこれくらいの情報が必要ではないかという視点から私がラフをまとめました。研究者の訂正後、そのラフをイラストレーターに送りました。制作の際、研究者にとって常識的なことがイラストレーターに通じないことがあります。私と研究者の間では、色が濃いとダメージが強いというコンセンサスがとれていたのですが、イラストレーターには腎臓の色が濃くなっている理由がわからず、その指示が最初はうまくいきませんでした。工夫したのは、ヒトでの研究ではないこと、マウスでの研究であることがわかるようにしたことです。医療系の、患者さんにかかわる図の際には、注意するようにしています。(制作:株式会社スペースタイム) **Q4:今後の展望を教えてください。** **A:** イラスト制作含め研究支援は「私がいないとできない」ではいけないと思っているため、体系立てて支援ができるようなシステムをつくりたいと思っています。具体的には、質問に答えると頭の中が整理されるような、A4で1枚くらいのアンケート用紙をつくりたいです。 また、研究支援者がもっと増えて研究者から認識されてほしいと思います。グラント支援以外にもさまざまな研究支援をされている方がいるので、そういう活動が研究者側からもみえるようになるといいと思います。研究者が研究に集中できるようになり、科学界が盛り上がっていってほしいと思います。 --- ### ② 山田養蜂場 R&D本部 ― 企業の研究開発部でサイエンスイラストレーターチームをつくる(p.206-210) **株式会社山田養蜂場 R&D本部** 松崎英典、吉田航志郎、藤野小夏 学術情報の調査や自社研究所で得られた研究成果の社内外発信を担う。ミツバチ産品の魅力をお客様に届けるために、多くの社員にとって理解が難しい専門的な情報をわかりやすく伝えることをミッションとしている。その手段としてサイエンスイラストを導入し、日々研鑽を重ねている。 株式会社山田養蜂場では、R&D本部に所属する松崎氏、吉田氏、藤野氏が図制作とそのスキルアップに取り組んでいます。企業での研究概要図制作について3名にインタビューを行いました。 **Q1:皆さんは普段どんな部署で働いていて、なぜサイエンスイラスト制作をはじめたのでしょうか。** **松崎氏:** 株式会社山田養蜂場は岡山県鏡野町に本社を置く従業員数約600名の会社です。もともと養蜂業からはじまり、現在は通信販売を主軸に、ミツバチ産品や天然素材を活かした健康食品や化粧品、はちみつ・自然食品の製造・販売をしています。その研究開発部門であるR&D本部には、健康科学研究所と美容科学研究所、知的財産室、そしてわれわれが所属するR&Dサービス開発室が存在します。 R&Dサービス開発室は、研究所の研究成果などを社内外に発信することを主なミッションとしています。例えば、研究所が論文や学会で新たに発表した内容について、社内向けでは営業や広報、商品開発部門に対してわかりやすく解説した資料を、社外向けではメディアに対して発する研究のプレスリリース原稿などを制作しています。また、お客様が抱える健康や美容のお悩みに対して、どういった商品や生活習慣の改善が推奨されるかエビデンスに基づき理論を構築する業務や、世界中の研究情報やマーケティング情報を調査し、新しい商品企画を立案する業務なども行っています。こういった業務のなかでわれわれ3名は、サイエンスイラストを積極的に活用しています。 もともとわれわれは理系出身でサイエンスイラストという概念も知りませんでした。そんななか数年前、R&D本部長がサイエンスイラストレーターに関する新聞記事を読み、R&Dサービス開発室でも挑戦してほしいと話したのがはじまりです。当時、われわれも文字だけで研究情報を伝えることに限界を感じていましたが、イラストを作成しようにも不慣れでうまくつくれないというジレンマがありました。そこで、まずは日本サイエンス・ビジュアリゼーション研究会に依頼して社内向けのデザインセミナーを開き、続けて有賀先生に図解ワークショップをお願いしてAdobe Illustratorの技術や図解の基礎を学びました。 その後、もっと技術を高めたいと手をあげた3名が、継続してさまざまなイラスト制作に挑戦しています。毎月、自分たちが制作した図についてプロからアドバイスを受けるミーティングも開いており、会社もスキルアップをサポートしてくれています。 **Q2:社内サイエンスイラストレーターとしてどのような資料を制作しているのですか。** **松崎氏:** 主には当社の研究にかかわる、健康・美容分野のサイエンスイラストを制作しています。ターゲットは、社内スタッフやお客様、メディア関係者、研究者などさまざまです。具体的には、社内スタッフ向けの新しい研究成果や新しい商品に関連するエビデンスの解説イラスト、店舗のお客様応対ツールに掲載するイラスト、外部に発する研究のプレスリリースや研究所ホームページに掲載するイラストなどを制作しています。また、研究所が発表する論文のグラフィカルアブストラクトも制作しています。 **Q3:実際にどのような研究概要図をつくっているのですか。工夫した点を教えてください。** - **図②-1 ジャーナルのグラフィカルアブストラクト(2025年)** ― 研究所が発表したローヤルゼリーに関するジャーナル掲載用グラフィカルアブストラクト。読み手の目を引くために、女王蜂を大きく描くようにした。また、女王蜂由来乳酸菌(Lactobacillus panisapium M1)の作用により、ローヤルゼリーの有用成分のうち10-ヒドロキシ-2-デセン酸が減って、10-ヒドロキシデカン酸が増えるということを視覚的に伝えるため、ピーク図を使った。(制作:松崎英典。出典:Itatani H, et al: Fermented Royal Jelly Enriched with 10-Hydroxydecanoic Acid and Its Potential for Enhancing Mucosal Immunity. Food Sci Nutr, 13: e70041, 2025より引用) - **図②-2 プレスリリースの研究概要図(2024年)** ― メディアに向けた論文のプレスリリースに掲載した図。研究情報のリリースなので研究的な要素は崩さないようにしたいという反面、研究情報をつくりこみすぎると記者の方でも理解ができないのでその塩梅を工夫した。老化した細胞は紫、幹細胞のようなアクティブなものはピンクにしたところなどが考えたところ。(制作:吉田航志郎) - **図②-3 学会発表ポスターの研究概要図(2024年)** ― 学会発表のポスター用に結論をまとめた図。どこまでが既知の情報で、今回わかったのが何なのかということを明確にしながら図に落とし込むのが一番大変だった。研究担当者にヒアリングをしてポイントを整理し、新規性の部分が一番目に入るようにし、メカニズムの議論も併記する構成にした。(制作:藤野小夏) **Q4:今後の展望を教えてください。** **松崎氏:** 社内のサイエンス・コミュニケーションの役割を担うわれわれにとって、サイエンスイラストの活用は、もはや欠かすことができない重要なスキルになっています。今後も組織としてその機能を強化していきたいと考えています。欲を言えば、一流のプロレベルのイラストを制作できる組織にしていきたいです。また、個人としては、胸を張って「これが自分の強みです」と誰に対しても言えるところまでスキルを高めたいです。 **吉田氏:** 山田養蜂場がミツバチ産品の研究をしていることはあまり知られていないと感じています。プレスリリースにサイエンスイラストを載せるとアクセス数があがってきているので、堅実にイラストをつくって、山田養蜂場がミツバチ産品のリーディングカンパニーで研究もしているということが、消費者の方にも知れわたることをめざしたいです。 **藤野氏:** 現在は社内向けの資料が多いですが、社外の人の目に触れるイラストも増やしていきたいです。それがローヤルゼリーをはじめ、山田養蜂場が扱う素材の魅力を知るきっかけになれば嬉しく思います。より興味を引けるようなイラストをつくれるよう力をつけていきたいです。 --- ### ③ 高柳航 ― 研究所内でデザイナーとして働く(p.211-215) **高柳航** 国立環境研究所 資源循環領域 高度技能専門員 千葉大学理学部生物学科卒。美学校細密画教場、サイエンスイラストレーションサマースクール in Sendai修了。2025年まで株式会社LAIMANにて医療・科学系ビジュアル制作に従事。国立環境研究所ではグラフィカルアブストラクトを含めた図表の作成などに携わる。専門知識をわかりやすく伝える表現を追求している。 国立の研究所で研究に必要なビジュアルを制作するデザイナーとして働く高柳航氏に、働き方や制作の工夫などをお聞きしました。 **Q1:あなたは普段はどのように働いていますか。** **A:** 国立環境研究所(NIES)の国際資源持続性研究室というところでデザイン担当の高度技能専門員として働いています。資源循環領域に属するこの研究室では、資源の持続的利用を可能とする生産・消費システムの同定と制度設計に関する調査・研究をしています。現在は、週2日(各半日程度)の勤務となっています。コロナ禍までは研究所に出所していましたが、コロナ禍以降はリモートワークの制度が設けられ活用しています。研究所からしかアクセスできない仕事もあるので、必要なときには研究所に出所しています。 NIESでは10年以上働いています。ここに来る前はフリーランスのウェブデザイナーとして働いていました。ただ、サイエンスイラストにも興味がありました。理学部生物学科の植物生態学が出身で、大学時代からサイエンスイラストやメディカルイラストという分野を知っていました。美学校で細密画の技法を学んだり、国内で開催されていたサイエンスイラストの3日間のサマースクールに参加したりしていました。そんななか、今の上司となる中島謙一さん(国立環境研究所 資源循環領域 国際資源持続性研究室長)が研究の可視化ができるデザイナーを探していて、知り合いからの紹介で私が採用されました。学術的なビジュアルを制作する仕事を本格的にはじめたのはNIESに来てからです。 NIESでは研究に関する情報の可視化を担っています。申請書に入れる図もそうですし、一般の人に説明する研究説明ポスターや、論文のグラフィカルアブストラクト、論文内のグラフなどの図をつくっています。研究者がワークショップを開くことがあるのですが、そういうときのワークシートのデザインもやっています。あとはウェブサイトの見た目をつくったり、ウェブサイトの管理もできるところはやったりしています。これまでつくった図は、論文のグラフィカルアブストラクトで30点くらい、申請書の図は20点くらいかなと思います。アイコンもたくさんつくっていて、環境研究でよく使う車や廃棄物などのモチーフを、アイコンセットとしてパワポにまとめて研究室の方に使ってもらっています。全部で2500点ほどあります。 制作以外にも、同じ研究室の研究者にビジュアル面でアドバイスすることもあります。「ちょっとつくってみたんだけど、もう少し見やすくなりませんか」といった相談があると助言しています。研究室の方には、カラーパレット(見やすい色の組み合わせ)をいくつかつくって使ってもらっています。 NIESで働いている以外の時間は、時期によって違いますが、フリーランスの仕事や医療系のビジュアルデザイン会社でデザイナーをしていました。会社と研究所、両方で仕事をすることで、視野を広げることができたのはよかったと思います。 **Q2:実際にどのような研究概要図をつくっているのですか。工夫した点を教えてください。** - **図③-1 ジャーナルに掲載されたグラフィカルアブストラクト(2022年)** ― 論文のグラフィカルアブストラクトで、水銀に関する2種類の情報の不整合を表現した図。具体的には、世界各国における水銀の使用量に関する不整合の有無・度合を描いた。ざっくりとしたレイアウトは研究者からあがってきていて、それに対して赤と青で対比させるという配色を提案した。内容がひと目でつかめるようにアイコンを作成し、グラフの色と合わせて何に関するものかをわかりやすくしている。グラフは、データをもらって目盛りをなるべく省略し、色を統一してデザインし直した。世界地図はざっくり位置関係がわかればいいので、あまり主張しすぎないようにグレーにしている。(制作:高柳航。出典:Cheng Y, et al: Examining the inconsistency between the Minamata Convention global trade concerning artisanal and small-scale gold mining activity. Resources, Conservation and Recycling, 185, 2022) - **図③-2 科研費の申請図(2022年)** ― 科研費の申請の図で、研究内容をその担当者とともに見やすくわかりやすく見せた図。パーツのレイアウトを研究者と一緒に考え、いくつかレイアウトの案を提案した。申請書の図はモノクロで大きくできないので、なるべくわかりやすいパーツとしてアイコンを使い、シンプルなビジュアルを心掛けた。モノクロなので、濃淡でどう情報を強調するかというところは結構考えた。レイアウトに関しては、左上から右下への視線の移動や余白を意識している。(制作:高柳航。出典:令和4(2022)年度挑戦的研究(開拓)2022年度-2024年度 グローバル経済の成長に潜む資源利用の不平等・格差の計測と可視化(22K18433)の申請書) **Q3:依頼を引き受けるにあたり心がけていることはありますか。** **A:** 気を付けているのは、その図のなかで伝えたいポイントは何かということを研究者に確認することです。私に依頼する前に、この研究で言いたいことを研究者の間で練ってから来てくれるので、研究者が図の伝えたいポイントがうまく話せないということはNIESではあまり起きていないです。あとは、研究者からのラフ案は可視化の原石みたいなものなので、質問や理解の足がかりとしてとても大事にしています。 図の制作では、研究者の人と「こうですかね」といろいろ話をし、目の前で落書きしながら相談してかたちにしていくのが、大変だけどおもしろいところでもあります。研究者の人と研究室という同じ空間で気軽に相談できる関係にあるおかげかもしれません。研究所で一緒に仕事をする研究者との関係は、デザイン会社にご依頼いただくクライアントとの関係とはちょっと違っていて、「一緒につくっているな」というのをより強く感じます。 **Q4:今後の展望を教えてください。** **A:** 医療や科学といった分野自体が好きなので、そういう分野の可視化やビジュアルをやりたいです。科学や医療はそれ自体が発展していくからおもしろいと感じます。デザイン制作によって、研究の発展に少しでもかかわっているという実感がもてるので、それがやりがいになっていると思います。 --- ### ④ 大内田美沙紀 ― 大学で教えながらイラストレーターとして働く(p.216-220) **大内田美沙紀** 北海道大学 科学技術コミュニケーション教育研究部門(CoSTEP) 特任助教、サイエンスイラストレーター サイエンスイラストレーター、博士(理学)。北海道大学CoSTEP特任助教。2010年に渡米し、ワシントン大学にて人類学修士号を取得する傍ら、サイエンスイラストレーションの専門コースを修了。2016年に帰国後、京都大学iPS細胞研究所国際広報室に勤務後、2022年より現職。個人ホームページ:https://www.misakiouchida.com/ 海外でサイエンスイラストレーションを学び、現在フリーランスのイラストレーターをしつつ、北海道大学でビジュアルを使ったサイエンスコミュニケーションを教えている大内田美沙紀氏に、プロとしての働き方や制作のポイントなどをお聞きしました。 **Q1:あなたは普段はどのように働いていますか。** **A:** 私が現在所属しているのは北海道大学のCoSTEP(科学技術コミュニケーション教育研究部門)というところです。CoSTEPは科学技術コミュニケーターを養成するプログラムで、サイエンスコミュニケーションにまつわるスキルを教育したり、イベントを企画・実践したりしています。受講生は、北海道大学の大学院生が多いですが、それ以外にも他大学の学生や社会人も受け入れています。 ここで私はビジュアルを使ったサイエンスコミュニケーションを教えています。座学のレクチャーをすることもありますし、受講生のビジュアル制作を指導することもあります。また、3日間の集中コースでは受講生それぞれが自身のサイエンスコミュニケーションで活用するインフォグラフィックスをつくってもらいます。最近はグラフィカルアブストラクトに特化した制作演習も設けており、その演習では受講生に自分の研究テーマに沿ったグラフィカルアブストラクトをつくってもらいます。 一方で、フリーランスのサイエンスイラストレーターとしても活動をしています。ときどき別の研究所や大学の研究者から「研究や論文で使うイラストをつくってもらえませんか」という依頼があるんですね。そのときに、兼業案件として依頼プロジェクトごとに所属先の北海道大学に申請し、業務時間外に制作をしています。フリーランスの仕事も続けている理由は、現役のプロのサイエンスイラストレーターとして活動し続けることで、スキルを維持し、サイエンスイラストレーションの最新の需要を把握しておけるからです。また、個人的に仕事を1つに絞るのは危険な時代だとも思っています。 仕事の両立のためには時間の使い方が重要で、私はいつも何時までに何をやるかという細かいスケジュールをつくって、無駄なく仕事に取り組めるよう工夫をしています(実際はスケジュール通りにはなかなかいきませんが)。 **Q2:実際にどのような研究概要図をつくっているのですか。工夫した点を教えてください。** - **図④-1 ジャーナルに掲載されたグラフィカルアブストラクト(2018年)** ― iPS細胞から血小板(Platelets)をつくるという研究のグラフィカルアブストラクトで、巨核球(Megakaryocyte)に乱流刺激を加えるとたくさんの血小板を生むという研究成果をまとめている。依頼者は京都大学iPS細胞研究所(CiRA)の研究者で、当時私はCiRAの国際広報室に所属していた。最初依頼者は「論文で使った挿絵を貼り付けてグラフィカルアブストラクトにしようと思うんだ」とお話しされていたが、その図がかなりビジー(情報量が多い)なイラストだった。このため「ちょっと描きなおしましょう」ということで私がつくりなおした。このことがきっかけで、グラフィカルアブストラクトを描くという仕事が研究所で認められるようになった記念すべき図になった。苦労したのはビジーなイラストからいかにしてシンプルにするのかという点で、要素の数を減らしたり、主な色を3色に絞ったり、枠線を書くと混み合うのでうっすらグラデーションを背景に入れてグループ分けしたりなど、できるだけビジーにならないようにした。また、目線の動きが上に行ったり下に行ったりと忙しかったので、左上から右下にいくように整理した。(制作:大内田美沙紀。出典:Ito Y, et al: Turbulence Activates Platelet Biogenesis to Enable Clinical Scale Ex Vivo Production. Cell, 174: 636-648.e18, 2018より転載。) - **図④-2 ジャーナルに掲載されたグラフィカルアブストラクト(2020年)** ― 味蕾細胞の研究のグラフィカルアブストラクト。味蕾細胞という味覚を感知する細胞が舌の上にあるのだが、そのなかでも特に塩味が伝わるメカニズムの研究。先ほどよりもシンプルな内容で、ネズミの舌であるということと、味蕾細胞のイラストの一部を拡大して受容体がどういうふうに刺激を伝達しているかを描くということがクリアに決まっていたので、できるだけ構造をわかりやすくした。背景に寒色系を置くことが多く、この図にも青〜紫系の色を入れた。背景に寒色があって、主役が暖色系だと目立って見やすくなる効果がある。全体がシンプルだったので、マウスのヒゲや毛をしっかり描いた。制作後は、セットで依頼のあったカバーアートもイメージを膨らませて制作し、こちらもジャーナルに採用していただいた。(制作:大内田美沙紀。出典:Nomura K, et al: All-Electrical Ca2+-Independent Signal Transduction Mediates Attractive Sodium Taste in Taste Buds. Neuron, 106: 816-829.e6, 2020より転載。) **Q3:依頼を引き受けるにあたり心がけていることはありますか。** **A:** 自分自身が論文の内容が理解できているのかを確認するため、時間があれば研究者に論文の内容についてお話をいただいて、ポイントを押さえるようにしています。わからないことはナイーブなことでも聞きます。例えば「そもそもこれって何ですか」ということや、「何が新規の成果ですか」ということも聞いています。あと、プレゼン資料は全部いただいています。そのなかに図のヒントがあるので、そのヒントをもとにラフをつくっています。 **Q4:今後の展望を教えてください。** **A:** 今、グラフィカルアブストラクト活用によるSNS拡散効果検証の研究を共同で進めているので、グラフィックを使ったサイエンスコミュニケーション活動は有効だということを示せる研究などに貢献できたらと思います。 制作活動に関しては、私はこれまで誰かに頼まれたり、何かに活用されたりしないとイラストを描けないと思っていたのですが、先日数日かけて趣味として猫を描いてみたら、純粋に楽しめたので、仕事ではなく趣味としてのイラストも制作していきたいと思いました。今後時間を見つけて、サイエンスイラストレーションの枠を超えて、自分が本当に描きたいものを追求したいと思います。 --- ### ⑤ はやのん ― 理系漫画家として研究を支援する(p.221-224) **はやのん** 理系漫画家 理系漫画制作室株式会社 代表取締役/代表作家 1975年生まれ、沖縄の石垣島育ち。琉球大学理学部物理学科卒業。「理系漫画家」として雑誌新聞の連載を多数経験し、千葉大学大学院教育学研究科(英語教育学)で修士号を取得した。現在は国内外の大学・研究機関からの依頼を受け漫画を中心とした研究広報を事業としている。 年間数十枚の研究概要図を描くという理系漫画家はやのん氏に、制作会社としての働き方やどのように図を制作しているのかをお聞きしました。 **Q1:あなたは普段はどのように働いていますか。** **A:** 私はこれまで35年ほど個人事業主として仕事を続け、2024年5月に法人である理系漫画制作室株式会社を設立しました。仕事は大学、研究機関の広報室、あるいは研究者本人からプレスリリースの絵や論文誌の表紙、研究紹介の漫画を描いてほしいというご依頼を受けることが多いです。あとはグッズ制作やホームページ制作、広報業務そのものなど、研究をお知らせする仕事だったら何でもやっています。 普段は宮崎県宮崎市にあるシェアオフィスで仕事をしていて、オンラインで仕事をともにするコアな制作スタッフが全国に4〜5人ほどいます。制作はスタッフと一緒にしており、1つの図に取り組む場合でも、レイアウトを考える人と素材としての絵を描く人など、みんなで分業することが多いです。 宇宙、化学分野からの依頼が多く、数学、物理学、生命科学、工学、医学、あと最近は文系からも来ていて、ありとあらゆる分野を引き受けています。たぶん全分野対応できる人ってあんまりいないと思います。絵のスタイルも漫画以外にイラストや概念図なども描いており、絵柄も同じにならないよういろいろなバリエーションが見せられるようにしています。 制作の流れは、依頼を受けたらまずオンラインや対面でインタビューを60分くらい行います。はやいときは15分くらいで終わることもあります。いただいた資料を読んだり、依頼者についての過去の記事や著書を読んだりすることもありますが、基本的にはインタビューで制作に必要な情報を集めています。その後はメールでやりとりしながら図案を提案し、依頼者のチェックを受けて完成へと進めています。 会社を設立してからは、法人じゃないと取引できないような場合でも直接取引ができるようになり、有用というところで扱われ方も変わってきたと思います。 **Q2:実際にどのような研究概要図をつくっているのですか。工夫した点を教えてください。** - **図⑤-1 「肉芽腫形成につながる代謝経路発見」(2023年)** ― 皮膚科の先生からの依頼で制作した図。最初に先生から鉛筆ラフと資料が来て、話を聞きながら内容を決めた。依頼者から画像生成AIで完成図のイメージが来るのを歓迎しており、このときもAIで生成された欲しいイメージに近い絵が送られてきた。ただ、AIの絵のままだと患部の描画が生々しすぎるよね、という話になった。医学系の臨床に近い分野では患者の姿を描くことも多いが、ちゃんと病気に見える必要がある一方で、悲惨すぎてはいけないという両方が必要。そのバランスは大事にしている。このケースでは依頼を受けてからまずは絵の部分を作成し、仕組みを説明する概念図のため、絵の厳密さではなく説明として成り立っているのかを大事にしている。絵ができたら研究者にチェックをしてもらい、その後文字を入れて仕上げた。文字は、はじめは小さかったが、完成版ではかなり大きくした。説明を詳しくしようとして文字数が増え、そのため字が小さくなりがちだが、ぱっと見でわかるようもっと字を大きくする必要があるんじゃないかと、この図をつくってから思うようになった。(制作:はやのん。依頼者:京都大学大学院 医学研究科 中満聡特定准教授(所属・職位は制作当時)) - **図⑤-2 「研究と治療ってどう違うの?」(2022年)** ― 医学系の先生からの依頼で制作した図。最初に出したラフ案では、先生がつくった資料の一部をそのまま要素として使って階段状のレイアウト案をつくり、こういう配置はどうですかというかたちで提案した。その後は先生の資料から抜き出した部分を絵として描きなおしてきれいに清書した。すでにある情報をどう配置したら見えやすくなるのかというのを考える仕事だった。レイアウトは、研究から治療へという時系列的な順番があると思うので、階段状にしたらわかりやすいのではないかと思い、このような配置を提案した。実験動物や研究者などの絵の要素はサイエンス系ではないイラストレーターでも描けるが、器具の持ち方が違うなどのチェックが入る可能性はある。私たちは理系のバックグラウンドがあるため、そのような間違いはあまりない。(制作:はやのん。依頼者:京都大学iPS細胞研究所・ヒト生物学高等研究拠点 田中みさお教授(所属・職位は制作当時)) **Q3:依頼を引き受けるにあたり心がけていることはありますか。** **A:** どんな分野のどんなテーマの依頼でも対応するように心がけています。また、依頼者は、知っていることをたくさん詰め込もうとすることが多いのですが、見た人が受け取り切れないことも多いです。料理のように、受け取り手がちゃんと食べられるような大きさ・形にして順よくお出しするようなイメージで制作しています。 **Q4:今後の展望を教えてください。** **A:** いままで研究者に言われて嬉しかったのは「絵がよかったという理由で論文誌での掲載位置がよくなった」というものでした。自分は研究を応援する立場で、主役は研究者の方や研究そのものなので、研究の役に立ったと思えると嬉しいです。まだまだ紹介したい、説明しなければならない研究や現象はたくさんあって、それを絵にする力を私たちはもっているので、今後も研究を応援できたらいいなと思っています。 また、私は大学院でアカデミックライティング教育について研究していたので、絵だけでなく文章でも説明することを重視してきました。あらゆる方法で研究の説明ができる人を増やしたいという気持ちが強いため、若手の育成、応援もしていきたいです。