--- title: "3 プレスリリースの研究概要図の Before After 例" book: 申請書・論文で役立つグラフィカルアブストラクト作成の基本とコツ chapter: 番外編 学んだスキルの実践例:実例 Before After section: 3 pages: 194-199 images: page_0194.png ~ page_0199.png keywords: ["Before/After", "レイアウト", "情報整理"] --- # 3 プレスリリースの研究概要図の Before After 例 臨床研究の専門家と人工知能の専門家による共同研究の、プレスリリースに掲載する研究概要図の制作依頼について、研究者によるラフ案(Before)と制作した図(After)を紹介します。 ## Before の状態 > **Before:** 「AIで探る急性肝障害の治療反応予測」というタイトルのラフ案。左側に急性肝障害・急性肝不全の進行パターン(急性肝障害→急性肝不全 非昏睡型→急性肝不全 昏睡型)がピクトグラムで示され、その下に「治療の反応性を予測することが困難」という課題が記載されている。右側には研究成果として「個人の健康状態を数値化した指標の同定」と「健康状態の時系列パターンの分類・予測」がグラフ形式で表現されている。グループ1・2(反応あり→回復)とグループ3・4、グループ5・6(反応なし→肝移植または死亡)に分類されている。全体がヒトのピクトグラムとグラフのみで表現されており、急性肝障害がテーマであることがぱっと見では把握しにくい。グラフだけでは意味が読み取りにくい部分もある。 研究者が作成したBeforeのラフ案では、左側で急性肝障害の進行パターンを整理したうえで、治療の反応性を予測することが困難という課題を整理し、右側で研究成果をまとめています。背景と課題、研究成果の流れが整理されており、メッセージも理解しやすいと思います。 一方で、Beforeはヒトのピクトグラムとグラフのみで表現されているため、急性肝障害がテーマになっていることがぱっと見では把握しにくい印象です。このため、Afterの研究概要図では研究テーマを知らせるイラストとして肝臓のイラストを大きめに描きました。また、患者の姿の視覚的な具体性を上げることで、表情や顔色から重症性を読み取りやすくしました。 また、この研究では健康状態の時系列パターンを分類しただけでなく治療反応を予測できるモデルも提案しているのですが、Beforeにはその成果が記載されておらず、広く公開するプレスリリースとしては、読み手に研究の価値に共感してもらうための説明が不足していると考えました。このため、Afterでは右側下部に「初診時に急性肝不全への進展を予測することが可能に」という文字を強調して入れました。 その他、Beforeの右側下部は単にグラフを描くだけでは意味が読み取りにくいため、グラフの違いがどのようなことを意味するのかを「自然回復」「移植が必要」といった文字を入れることで補足しました。また、メインカラーは依頼者の所属機関のロゴと肝臓のイメージから赤紫色を抽出し、アクセントカラーを黄緑とオレンジの2色にして色分けをしています。 ## After の状態 > **After:** 「AIで探る急性肝障害の急性肝不全への進展予測」というタイトルに変更。左側上部に急性肝障害・急性肝不全の進行パターンが、患者イラスト(表情・顔色の変化で重症度を表現)とともに示され、中央に大きな肝臓のイラストが配置されてテーマが一目でわかる。左側下部には「これまでは:内科治療の反応性を予測することが困難」という課題が吹き出しで強調。右側には研究成果として「①健康状態をモニタリングできる数値指標を特定」(患者319例、AI技術で解析、臨床情報・血液データ)と「②数値指標の時系列パターンの分類」が描かれ、グループごとの反応性の違いが「自然回復」「内科治療に反応」「移植が必要」という文字で補足。右下に「初診時に急性肝不全への進展を予測することが可能に」が強調表示。メインカラーは赤紫色、アクセントカラーは黄緑とオレンジ。 > **改善ポイント:** > 1. 肝臓のイラストを大きく配置し、研究テーマを一目で伝達 > 2. 患者の姿を具体的にし、表情・顔色から重症度を読み取れるように > 3. 「これまでは」の吹き出しで課題を強調し、右下の成果との対比構造を明確化 > 4. グラフに「自然回復」「内科治療に反応」「移植が必要」の文字を追加して意味を補足 > 5. 「初診時に急性肝不全への進展を予測することが可能に」を右下に強調表示 > 6. メインカラーを赤紫色(所属機関ロゴ+肝臓のイメージ)に設定 ## Before の図の構成 - **タイトル:** AIで探る急性肝障害の治療反応予測 - **左側:** 急性肝障害・急性肝不全の進行パターン(急性肝障害→急性肝不全 非昏睡型→急性肝不全 昏睡型) - **課題:** 治療の反応性を予測することが困難 - **右側 ①:** 個人の健康状態を数値化した指標の同定 - **右側 ②:** 健康状態の時系列パターンの分類・予測(グループ1・2:反応あり→回復、グループ3・4、グループ5・6:反応なし→肝移植または死亡) - 制作:吉村雷輝 ## After の図の構成 - **タイトル:** AIで探る急性肝障害の急性肝不全への進展予測 - **左側上部:** 急性肝障害・急性肝不全の進行パターン(患者イラスト付き) - **左側下部:** 「これまでは」内科治療の反応性を予測することが困難 - **右側 ①:** 健康状態をモニタリングできる数値指標を特定(患者319例、AI技術で解析、臨床情報・血液データ) - **右側 ②:** 数値指標の時系列パターンの分類(グループ1・2:反応性あり→自然回復 / 内科治療に反応、グループ3・4 / 5・6:反応性なし→肝移植または死亡 / 移植が必要) - **結論(右下強調):** 初診時に急性肝不全への進展を予測することが可能に - 制作:有賀雅奈 ## 依頼者のコメント **吉村雷輝**(名古屋大学大学院理学研究科) ラフ案では、専門性ゆえに肝臓の研究であることを明示しておらず、左右の構成意図も伝わり辛い印象だったと感じました。制作いただいた図では肝臓イラストの配置により研究テーマが明確になり、「これまでは」の吹き出しを入れた左下の課題と右下の成果を対比構造でまとめてくださったことで、直感的に理解しやすい図になったと感じました。 --- ### COLUMN ⑦ 画像生成AIの活用方法 近年、生成AIが劇的に発展しています。そのなかで画像生成AIも普及しつつあります。よく聞かれるのは、科学的な図に画像生成AIは使えるのかということです。画像生成AIは発展が著しいので状況がすぐに変わるかもしれませんが、執筆時の筆者の見解をここで書いておきたいと思います。 画像生成AIとは、完成形のイメージを文字や簡単なラフ図案を入力するだけで、そこからイメージできる画像を自動的に生成できるサービスやソフトウェアのことです。例えば「人間、寝る、写真」などのテキストを入力すると、写真のようにリアルな人間が寝ている画像をつくり出してくれます。もちろん、このテキストから想像できる表現は1つではありません。違うタイプのAIであれば違う構図の画像をつくる可能性がありますし、同じAIでも複数種類の図を提案したり、生成するたびに違う内容や画風の画像を出力したりすることもあります。 #### 使うのが難しい場合 画像生成AIは科学的な図の制作には使えるのでしょうか。筆者は、「使うのが難しい場合もあるし、使える場合もある」と考えています。 まずは使うのが難しい場合です。科学的なイラストは、構造や関係性を科学的に正しく表現する必要があります。正しさの要求レベルはその図の利用条件によりますが、少なくとも生成AIが左巻きのDNAや8本足の昆虫のイラストを出力してきたら、気軽に論文には使いにくいと思います。現状のAIは科学的な正しさを判断する機能はないため、学習に使った画像に誤りが含まれている場合や本来見分けるべき情報を見分けずに学習した場合は、誤った表現を出力してしまう可能性があります。また、科学的な知識は常に更新されているので、正しいとされてきた既存の図を書き換えなくてはいけないこともあります。AIは既存の図を学習して図を出力するため、新しい知識に対応した図を自動で生成することはできません。正しいイラストを出力するためには結局、事細かにラフ案やテキストで指示を出し、何度も生成をくり返す必要があり、現状ではあまり使いやすいとはいえない状況です。 さらに、申請書や論文を丸ごと読み込ませて、そのまま使える整った研究概要図が出てきたら理想的だと思う方もいるかもしれません。今後技術が発展すれば、そのような使い方もできるようになる可能性があります。ただ、本書で述べている通り、研究概要図は関心を引き付けるだけでなく、読者が主要な論点を理解できて、研究の価値を理解できる必要があります。このなかで、どの価値を強調して見せていくのかという戦略は、本来人間が考えるべきことです。研究概要図で誰にどんな研究の価値を伝えていくべきかという判断は、研究者自身の価値観や研究者としての生き方・将来に直結するものだからです。このため、インパクトのある研究概要図を作りたいと思うのならば、自分で考え、判断するプロセスは外すべきではありません。 #### 使える場合 では、AIが使える場合はどういうときでしょうか。プレスリリースやグラフィカルアブストラクト、あるいはジャーナルの表紙などでは、科学的な説明図ではなくアイキャッチとしてアーティスティックなイメージ画像を掲載することがあります。例えば睡眠障害の仕組みについての論文に、睡眠障害で眠れない人の様子のイメージ画像を掲載するなど、研究テーマを象徴するような画像を掲載する場合です。このようなイメージ画像を作成する際にはAIは有用です。手描きをしたら何時間もかかるようなリアルで複雑な表現も数秒で出力してくれるため、何枚か画像を生成し見比べながら選ぶことができます。 また、要素として一般的な「海」「高齢者」「キャベツ」などの簡単なアイコンやイラストが欲しい場合も、AIは使えます。前述の通りAIに複雑な構造や形状を科学的に正しく描いてもらうのは大変なのですが、一般的によく描かれる題材で、そこまで厳密さが求められないイメージ要素であれば問題なく生成できます。本書であれば、図4-2の「描画的表現」のなかの人間と、図4-5のなかの人間や建物、図7-3のオレンジ色の自動車、図7-6の5人分の人間のイラストについては、生成AIでベースを作成し、色や形状を修正したうえで使用しました。AIで生成した要素を研究概要図に素材として挿入すれば、素材を探す手間が小さくなるかもしれません。統一した画風で生成してくれるAIなどもありますので、いくつかのサービスを使い分けてもいいでしょう。 #### 修正を加えて活用する場合 科学的な説明図を描く場合にも、AIが出力した画像に修正を加えられるならば、科学的に正しい図を作成しやすくなります。例えばAdobe Illustratorの生成AI機能では、編集可能なベクター形式でイラストを生成してくれますので、色を変更したり、形を修正したりして、科学的に正しい表現に仕上げることはできます。はじめから自分で描いた方が速いこともありますが、場合によっては利用ができると思います。 #### アイデア出しでの活用 さらに図案のアイデア出しでもAIは活用できます。この用途であれば画像生成AIだけでなく、対話型AIも使えます。ターゲットにはどのように説明したらわかりやすいのか、どんな比喩のしかたがあるのかなど、対話型AIに相談相手になってもらったり、画像生成AIにレイアウトや表現の案を出してもらったりすることが可能です。ほかにも、Adobe Illustratorの生成再配色という機能などを使えば、配色案を出してもらうことも可能です。人間が考えるべき部分は残りますが、アイデアを広げたり、第三者目線で意見をもらったり、作業を迅速化したりする際には、AIは有用なツールです。 #### 今後の展望 画像生成AIの実用性は今後ますます高まっていくと考えられます。画像生成ができるサービスとしては、このコラムの執筆時点では、Midjourney やStable Diffusion、Adobe Fireflyなどの画像生成に特化したサービスだけでなくChatGPT、Copilot、Geminiなどの対話型AIでも、こんな図を描いてほしいとリクエストすれば画像が生成できるようになってきています。さらに、登録しなくてもブラウザ上で無料ですぐに使えるサービスも多いです。AIへの情報入力の際の機密情報漏洩のリスクや、生成された画像による著作権侵害のリスクには注意する必要がありますが、まずは身近なAIで画像生成を試しながら、自分に合った使い方を探してみるのがよいかもしれません。 ---