--- title: "5 研究の価値を伝えるメッセージをつくる" book: 申請書・論文で役立つグラフィカルアブストラクト作成の基本とコツ chapter: 第2章 図の質は準備で決まる:コミュニケーション戦略の設計 section: 5 pages: 41-48 images: page_0041.png ~ page_0048.png keywords: ["メッセージ", "ターゲット", "情報整理", "パワーポイント"] --- ## 5 研究の価値を伝えるメッセージをつくる ### 1 研究概要図で伝えたいメッセージを考える さあ、ここまででアピールしたい価値がみえてきました。アピールしたい価値が決まったら、研究概要図で伝えたい内容を言葉によるメッセージに立ち上げていきます。メッセージとは、研究概要図を見た後に相手の記憶に残ってほしいフレーズのことで、英語ではTake Home Messageといいます。プレゼンのデザインなどにおいては、よく「1スライド1メッセージ」という言葉を耳にしますが、研究概要図も同じです。研究概要図のインパクトを高めるには、1つの研究概要図に1つのメッセージに絞ることが重要です。 メッセージは研究概要図で最も伝えたいことであり、1つの研究概要図の中に描かれたすべての情報や要素は、このメッセージに納得してもらうための道具であると考えてください。研究概要図に明確なメッセージがない場合や、逆にメッセージが多すぎる場合は、「で、結局何がいいたいの?」と思われてしまう可能性があります。 研究概要図をつくりはじめる前にメッセージを考える理由は、図を通じて何を伝えたいのかブレないようにするためです。研究概要図をつくっていると、あれこれ考えている過程で脳が活性化してきて、「あの情報も関係する」とどんどんと情報を盛り込みたくなることがあります。研究者は特に、自分の研究に対して大量の知識をもっているため、知っていることをどんどんと追加してしまう傾向があります。しかしながら、後で述べるように読み手側が受け取れる情報量には限界があります。このため、研究概要図をつくった後に、適切な情報量まで削る必要が出てくることがあります。メッセージを文字で明確化しておけば、そのメッセージに関係ない情報は削りやすくなりますし、メッセージを意識しながら図案をつくれば、そもそも情報を盛り込みすぎることも防ぐことができます。 ### 2 メッセージはどうつくるのか メッセージはぱっと覚えられる情報量にするため、**日本語でだいたい60〜70文字以内**で作成してください。かなり長い単語(物質名や機器の名前など)を使う場合は多少オーバーしても構いませんが、基本的に70文字以上の場合は情報が多すぎると考えてください。 なお、この70文字という文字数は、専門家向けの研究概要図の場合の文字数です。専門家向けにはある程度専門的な情報を入れたほうが、価値の判断がしやすいという理由でやや長めにしています。一般向けには50字程度など、もう少し短いフレーズに絞り込むようにしてください。 ではどんな中身にすればいいのでしょうか。まず、メッセージにはその研究で最も重要なキーワードを入れるようにしてください。キーワードは研究対象でも研究手法でも、提案する概念でも構いません。その研究を特徴づける、ターゲットに覚えてほしいキーワードがあれば必ず入れます。そして、研究の要点をまとめたうえで、その研究だからこそいえることを研究の価値とともに書くようにします。何がおもしろいのか、何が新しいのか、どんな貢献をするのかなどの価値がメッセージだけでも読み取れるようにします。メッセージをつくるポイントをまとめると次のようになります。 - **研究のキーワードを入れる** - **この研究だからこそいえることを入れる** - **研究の価値がわかるようにする** 例えば「新しい方法論を提案する」というメッセージを考えたとします。これだけでは全く違う分野の研究でも同じことがいえてしまいますし、その研究ならではのキーワードもありません。研究の内容が具体的にわかるようにする必要があります。「細胞表面を観察する新しい方法を開発する」という言い方だとどうでしょうか。先ほどと比べると内容が少し具体的にわかるようになりましたが、新しい方法がどんなものなのか全くイメージがわきません。では、「細胞表面の動態を生きたまま立体的に観察するため、○○の原理と○○法を組み合わせた新たな画像解析法を開発する」はどうでしょうか。「○○の原理」「○○法」などのキーワードや「細胞表面の動態を生きたまま立体的に観察」というゴールが入り、研究の価値がわかるようになりました。この研究でしかいえないメッセージになったのではないかと思います。 ### 3 メッセージには研究概要とその価値の両方を込める 注意したいのは、メッセージは図に掲載したい情報の羅列ではないということです。メッセージは相手の記憶に残ってほしいフレーズなので、インパクトがないと心にひっかかってくれません。**インパクトを与えるにはターゲットが共感できる価値が必要です。** 例えば「ゲノム解析を治療に応用するプロジェクトを提案します」というメッセージは、意味はわかりますが、それ以上のことは感じません。同じ研究でも「患者のゲノムに最適な治療を選択することで、どの患者にとっても高い治療効果をもたらす医療実践を行います」というメッセージであれば、社会的にどんな価値があるのかがより理解しやすくなります。 グラフィカルアブストラクトの場合であれば、例えば「○○遺伝子が細胞増殖に影響することを明らかにした」というメッセージだと、○○遺伝子を知らない研究者や細胞増殖にかかわっていない研究者は「ふーん」としか思わないかもしれません。そうではなく「マウスの○○遺伝子は初期発生段階の細胞増殖を制御し、その後の胚形成に影響を及ぼすことが明らかになった」という語り方であれば、学術的なインパクトが先のメッセージよりも明確になり、より幅広いターゲットが興味をもつ可能性があります。 このように、メッセージに研究概要とともに研究の価値がわかる情報を入れることで、よりインパクトのある研究概要図をつくることができるようになります。これ以降の制作作業で、メッセージが伝わるようにするためには何が必要かという観点から研究概要図をつくっていくことで、図の中にどのような情報を入れるべきか、何を強調すべきかが考えやすくなります。 同じ研究計画や研究結果でも、メッセージの語り方は多様です。自分の研究の価値と内容をどのように語るのかによってインパクトが変わってきますので、想定するターゲットの関心を強く引くようなメッセージの語り方を考えてみてください。 --- ### COLUMN ② 図の制作アプリケーションの選び方 図を仕上げるにあたり、まずは制作するアプリケーションを選ぶ必要があります。あなたは研究概要図をつくるにあたりどのアプリケーションを使っているでしょうか? おそらく最も多いのはPowerPointだと思います。次にAdobe IllustratorやPhotoshopなども使っている人は多いでしょう。Macの方はKeynoteを使う場合もあると思います。最近だとCanvaやフリーのアプリケーションを使っている方も見かけます。とはいえ、明確な意図をもってアプリケーションを選んでいる人は少数派かもしれません。「PowerPointは使い慣れているけど、それだけの理由でPowerPointを使っていいのだろうか?」「高額なソフトはサブスクリプションが辛い。フリーソフトでなんとかならないもの?」といった疑問の声もききます。 実際、研究概要図をつくるのに適したアプリケーションはどれなのでしょうか。描きたい図の画風や操作性の相性などもあるので一概にはいえないのですが、ここでは皆さんが考える際の参考として、いくつかのアプリケーションを紹介したいと思います。 #### レイアウト中心の作業の場合 もしもあなたの作図作業がレイアウト中心、すなわち文字や既存の素材、図形などの要素を挿入・配置し、色や大きさを調整することがメインであるならば、普段使っているPowerPointやKeynoteなどのアプリケーションで十分対応できると思います。もちろん、ほかにもCanvaやGoogleスライドのようなオンラインツールも利用できます。Adobe Illustratorを使えば、PowerPointよりも文字の詰めや位置などの微調整が簡単に素早くでき、豊富な機能を使って図のクオリティも高めることができますが、こだわりがない場合、操作に慣れるのが大変だという場合、複数の研究者で共同編集したいという場合があることも考慮するとPowerPointを第1候補とするのがよいのではないでしょうか。 #### イラスト描画が必要な場合 一方、イラストの要素が既存の素材では不足しているため、自分でマウスや臓器、機器などのイラストを描画する必要があるという場合は、イラストの描画が得意なアプリケーションを使う必要があります。代表的なアプリケーションとしては、Adobe Illustrator(図1)があります。描きのしかたが直感的ではないため操作に慣れるのには時間がかかるかもしれませんが、一度スキルが身につくと多様な素材を自分で描くことができるようになります。Adobe Illustratorが高額で購入をためらう場合は、無料で似た基本機能を利用できるInkscapeなどのアプリケーションでもいいと思います。 これらのアプリケーションは曲線や直線を組み合わせた描画が得意ですので、使い込めばかなり複雑なイラストを描くことができますし、文字や図形、矢印などをレイアウトするのも得意ですので、研究概要図全体を1つのアプリケーションで制作することが可能です。 > **図1の構成:** Adobe Illustratorの作画画面のスクリーンショット。人物のイラストが描画されており、ベクター描画のパスやアンカーポイントが表示されている。 > **ポイント:** 曲線や直線を組み合わせたベクター描画により、複雑なイラストを精密に制作できる。 また、Adobe Photoshopでもイラストを描くことが可能です(図2)。Adobe Illustratorで制作できるような比較的シンプルなタイプのイラストのほか、写真のようなリアルで複雑なイラストも描くことができます。似た機能をもつ無料版としてはGIMP、FireAlpacaなどが有名です。このほか、漫画制作などでよく使われるCLIP STUDIO PAINTやiPadで使えるProcreate、スマートフォンで描けるibisPaint Xなどのアプリケーションも多数あります。また、2025年10月に有料から無料に移行したAffinityであれば、Adobe IllustratorとPhotoshopに似た機能をひとつのアプリケーションで利用できます。これらのアプリケーションで研究概要図全体を制作することは可能ですが、イラストの要素だけを制作したあと、PowerPointなどに素材として貼り付けて研究概要図をつくることも可能です。 > **図2の構成:** Adobe Photoshopの作画画面のスクリーンショット。頭蓋骨とマウスのリアルなイラストが描画されている。 > **ポイント:** ラスター描画により、写真のようなリアルで複雑なイラストを直感的に描画できる。タッチペンを使えば紙に描くのと同じ感覚で描ける。 Adobe Photoshop系のアプリケーションはマウスやタッチペンでなぞったとおりに線を引いたり色を塗ったりできるため、直感的に描画ができます。タッチペンを使えば紙に描くのと同じ感覚で描けるので、使いやすく感じるかもしれません。ただ、線の太さを後から変えるといった操作がしにくいため、イラストの修正はAdobe Illustrator系のアプリケーションの方がやりやすいです。 #### PowerPointでのイラスト描画 ちなみにPowerPointでも「頂点の編集」や「図形の結合」などの機能を使えば、ある程度のイラストやピクトグラムなどを描くことは可能です(図3)。ただし、操作性があまりよくないために制作に時間がかかるうえ、クオリティにも制限がかかります。簡単なピクトグラムであればいいですが、曲線などを多用する場合はAdobe Illustratorなどのアプリケーションを使った方がいいかもしれません。 > **図3の構成:** PowerPointの作画画面のスクリーンショット。図形の結合や頂点の編集機能を使って、立体的なオブジェクト(卵のようなイラスト)が描画されている。右側にはメッシュ状の頂点編集画面が表示されている。 > **ポイント:** PowerPointでも「頂点の編集」「図形の結合」で基本的なイラスト制作は可能だが、複雑な曲線描画には向かない。 本書ではそれぞれのアプリケーションの使い方までカバーできないのですが、ここで名前をあげたアプリケーションは初心者向けのガイドが充実していますので、そのようなガイドを見てから、自分の使い方に合ったものを選ぶのもいいかもしれません。 ---