--- title: "2 誰に伝えるのか?" book: 申請書・論文で役立つグラフィカルアブストラクト作成の基本とコツ chapter: 第2章 図の質は準備で決まる:コミュニケーション戦略の設計 section: 2 pages: 29-34 images: page_0029.png ~ page_0034.png keywords: ["ターゲット", "メッセージ", "情報整理"] --- ## 2 誰に伝えるのか? ### 1 ターゲットとその関心を明確化する はじめに考えることは、誰がその研究概要図のターゲットになるのかということです。言い換えれば、自分が誰に影響を与えたいのかを明確にするということです。筆者の経験では、ターゲットを曖昧にしたまま図を制作する人が非常に多いです。ターゲットがわからなければ、何の情報をどれくらいのせたらいいのか、どこを強調すべきかをうまく決めることができません。その結果、伝えたい内容がぼやけた切れ味の悪い図になりがちです。 読み手が共感できる研究の価値を伝えるためには、ターゲットを絞り込み、そのターゲットがどんな価値観をもっているかを考え、その価値観のなかに自分の研究の価値を位置付ける必要があります(図2-1)。そもそも価値は絶対値として独立して存在するものではなく、誰かが感じるものです。人によって価値観は違うので、とある研究のどの部分にどんな価値を感じるのかは人によって違います。もしもターゲットが近い分野の研究者で学術的価値に関心をもっているならば自分の研究の学術的な面白さを語る必要がありますし、逆にターゲットが学術的価値には一切関心をもたない企業関係者で、例えば経済的価値に重点をおいているならば、学術的な面白さは控えてどのような経済的価値を生む可能性があるのかを語る必要があります。あるいはターゲットがその研究の知的価値に関心を持っている大学3年生ならば、いかにその現象が面白いのか、読み手をワクワクさせるような内容を語る必要があります。 > **図2-1の構成:** 上段に3人のターゲット像(同分野の研究者、企業関係者、大学3年生)がイラストで並び、それぞれの下に「関心」が記載されている。同分野の研究者は「新しい知見や学術理論の発展に関心」、企業関係者は「環境負荷の少ない低コストの新技術に関心」、大学3年生は「仕組みや方法の面白さに関心」。下段には各ターゲットが共感できる研究の価値として「学術的価値」「経済的価値」「知的価値」が対応して示されている。 > **ポイント:** ターゲットごとに関心が異なり、それに応じて強調すべき研究の価値の種類が変わることを視覚的に示している。 そして、ターゲットが明確になったら、その人たちが持つ背景知識にも配慮する必要があります。背景知識の量や内容が変われば、どれほど詳しく伝えるべきか、専門用語はどれだけ使っていいのかなどの判断が変わります。例えば共同研究者に新しい研究計画を説明するのと、高校生に新しい研究計画を説明するのでは、説明の詳しさや表現を変える必要があります。高校生に研究の価値をわかってもらうには、生活にどうこの研究が関係するのかという説明も、する必要があるかもしれません。 このように、何をどう伝えるべきなのかはターゲットによって変わります。研究概要図によって読み手が共感できる価値を伝えるためには、ターゲットが理解可能な表現で、ターゲットがもつ価値観に訴えることが重要です。 ターゲットを明確にする際は、「専門家」「市民」といった大雑把な設定ではなく、関心、職業、年齢、研究者であれば専門分野・研究テーマなどでできるだけ具体的に絞り込むようにします。具体的にどのように考えたらいいか、3つの目的ごとに分けて解説します。 ### (1) 申請書の場合 申請書の研究概要図の場合、ターゲットは審査員になります。申請しようとしているグラントの審査員の名前は公開されていますか?公開されているならば分野を調べ、研究者ならばどんな研究分野にいるのか、企業や政府などの関係者ならばどんな業界にいてどんな関心をもっているのか確認しましょう。審査員が公開されていない場合でも、科研費のように大まかな分野はわかるのではないかと思います。審査員のリストを見ながら、自分とどれくらい関心を共有しているのか、自分のテーマに対してどれくらい背景知識をもっているのかなどを確認するようにします。 また、そのグラントは、研究計画のなかの何を評価するのでしょうか。新しくて挑戦的な研究を評価するのでしょうか、それとも国際性を評価するのか、あるいは環境問題解決への貢献度を評価するのでしょうか。評価基準はグラントごとに公表されていると思います。審査員がどのような関心で研究を評価しようとしているのかということも、研究概要図の語り方や内容を考える際に必要ですので、必ずチェックしてください。 ### (2) グラフィカルアブストラクトの場合 ジャーナルのグラフィカルアブストラクトの場合は、ターゲットは提出先のジャーナルの読者になります。比較的関心や専門性が自分と近い集団なので、それほど意識しなくても、結果を見せるだけで十分価値が伝わるかもしれません。ただ、それでも読者のうちだれをターゲットにするかは考える必要があります。あなたは自分の論文をどの読者に見てもらいたいのでしょうか?例えばあなたが研究している「タンパク質A」を研究している狭い研究グループ内なのでしょうか。それとも、「タンパク質A」がかかわっているとされるがんの研究をしている研究グループなのでしょうか。あるいはがんの研究をしている研究者全般でしょうか。「タンパク質A」の研究グループがターゲットなら「タンパク質A」の作用メカニズムだけを描けばいいですし、「タンパク質A」をあまり知らないがんの研究者までターゲットを広げるなら、概要図のなかに肺がんのイラストを描いてから、がん内部を拡大した図として「タンパク質A」の作用メカニズムを示すなど、背景知識のより少ない読み手にも伝わるよう見せ方を工夫する必要が出てきます。読んでほしい読み手をできるだけ具体的にイメージすることで、何を描くべきかが考えやすくなります。 ### (3) プレスリリースなどの場合 プレスリリースや広報の場合は、ターゲットは多様です。この場合注意するのは、メインターゲットをできるだけ具体的に絞るということです。筆者は図の制作依頼を受ける際によく、「非専門家向けの図にしたい」「市民にみてもらいたい」といわれることがあります。しかしながら「非専門家」や「市民」はターゲットにするにはあまりにも広いです。高校生とビジネスマンと老後を過ごす高齢者の価値観はそれぞれ異なりますし、研究者でなくとも専門家並みの知識をもっている人もいます。実際、「中高生もターゲット入りますか?」「関係ない職種の人も入りますか?」と聞いていくと、「いや、入らないです」という返事が返ってくることが多いです。無意識のレベルで、もっと狭いターゲットを想定しているのです。 そこで、ターゲットは例えば「市民」ではなく、この分野の政策にかかわる政府関係者、〇〇業界企業の開発担当者などより具体的に絞り込み、そのなかの具体的な人物(代表的な人物像)まで想像するようにすると、どんな関心をもっているのか、どの程度の専門性があるかが推測しやすくなります(図2-2)。具体的な人物は知っている人でもいいですし、こういう人がいるのではないかという想像でも構いません。人物まで想像できない場合でも、できるだけ具体化することで、ターゲットの関心に寄り添いやすくなります。 > **図2-2の構成:** 横軸に「ターゲットの具体性」を低(左)から高(右)で示した図。左端に「市民」、そこから右に向かって「自動車業界関係者」→「自動車製造企業関係者」→「〇〇社の関係者」→「代表的な人物像」(右端に「研究開発部長Aさん」のイラスト)と段階的に具体化していく様子を矢印で示している。 > **ポイント:** ターゲットは「市民」のような大雑把な設定ではなく、具体的な人物像まで絞り込むことで、関心や専門性が推測しやすくなることを示している。 もしも、どうしてもターゲットを絞ることができないという場合は、幅広い人のなかでも最も伝えたいと思う人や、最も背景知識をもっていない人をターゲットのなかの代表的な人物像として想定してください。例えば、ターゲットは高校生から高齢者まで幅広くしたいという場合、そのなかでも最も重視するメインターゲットを、入学したての高校1年生に設定してみるといった考え方です。そうすると、専門知識のない高校生でも魅力を感じる価値とは何だろうと、具体的に考えやすくなります。 ### 2 相手を考えないコミュニケーションは失敗する 申請書を書く際にはよく「審査員を意識しろ、そうでないと落ちる」といわれますが、これは申請書の文章に限ったことではありません。普段のコミュニケーションでも、もしもあまり親しくない知人が、自分の目を見ず、質問や疑問にも答えようとせず、自分が特に好きというわけでもない趣味について延々と話をしてきたら、途中で聞いているのが辛くなってしまうと思います。図もコミュニケーションの一種です。自分が描きたいことを並べるだけでなく、図を見ている読み手のことを想像してどんなことに関心をもっているのか、どういう説明だとわかりにくいと感じるのか、どこについて語ると目を輝かせてくれるのかを考えながら図をつくる必要があります。そうしなければ、相手の質問に一切答えない、つまらない趣味の話と同じ現象が起きてしまいます。むしろ読み手の様子が直接見えないからこそ、普段のコミュニケーションよりも気を遣わなくてはいけません。 **相手を意識することは、図を含めたすべてのコミュニケーションの基本です。**