--- title: "4 よい研究概要図の3つの条件" book: 申請書・論文で役立つグラフィカルアブストラクト作成の基本とコツ chapter: 第1章 なぜつくる必要があるのか:研究概要図の役割とゴール section: 4 pages: 20-26 images: page_0020.png ~ page_0026.png keywords: ["ターゲット", "メッセージ", "視認性"] --- # 4 よい研究概要図の3つの条件 ### 1 研究概要図でめざすべきゴールの難しさ このように、研究概要図にはさまざまな効果をもたらすポテンシャルがあることがわかりました。でも、研究概要図は質を問わず掲載さえすればよいというわけではありません。研究者はどのような研究概要図をめざして制作すればいいのでしょうか。 前提として、効果の高さ(関心を引く力やわかりやすさなど)は、研究コンテンツ自体やテーマ、見せ方、時期、図を見る読み手側(同業者や評価者、社会の人々など)のもともとの関心や好み、背景知識などさまざまな要因が複雑に絡み合って決まります。さらに、研究概要図にどんな効果を期待するかという点も、読み手によって微妙に異なります。例えば、概要図を通じて内容の精確な理解ができることが重要だと思う人と、概要図によって「これは凄い研究だ」というインパクトを読み手へ与えることが重要だと思う人では、同じ図を見たとしても、その図に対する総合評価が異なる可能性があります。あるいはどんな研究内容なのかがわかりにくい概要図だったとしても、学術的意義や社会的意義が明確に示されていれば、その研究の評価向上に貢献する場合もあります。これまで筆者は、ある研究者が褒めている概要図を、ほかの研究者は全く評価していないという場面を何度も目にしてきました。伝え手・読み手双方とも多様な価値観があるなかで、こうすれば誰にとっても絶対によいというベストなゴールは存在しない可能性があります。 ただ、よい研究概要図とは何かという点について全く共通了解がないのかというと、そうではありません。研究概要図に対してジャーナルや先行記事で特にこういう図をめざしてほしいと頻繁に指摘されている点はありますし、デザインの研究者や実践者たちが重視してきたデザインの理論もあります。人によって力点の置き方は少しずつ異なりますが、多くの人が同意する方向性はあると考えています。 ### 2 本書で提案するよい研究概要図の3条件 では、よい研究概要図とは何でしょうか。人によっても意見は違いますが、筆者は最も重要な点は3点あると考えています。それは、**①見る人の関心を引けること、②研究の主要な論点が素早く理解できること、③その研究の価値がわかること**です(図1-4)。 > **図1-4の構成:** 3つの円が重なり合うベン図形式のダイアグラム。中央に「ゴール」と記され、3つの円にそれぞれ「01 関心を引ける」「02 論点が素早く理解できる」「03 研究の価値がわかる」が配置されている。 > **ポイント:** 3条件は独立ではなく相互に関連しており、すべてが重なる中心が理想的なゴールであることを視覚的に示す。シンプルな配色とレイアウトで明快に表現されている。 ### ① 見る人の関心を引けること これまでお話しした通り、研究概要図のゴールの1つは大量の情報のなかでも埋もれずに、読み手に情報を伝えられることです。もしも研究概要図に関心を引く力が全くなかったら、ブラウジング中に視野に入ってきても、じっくり見ようとは思ってもらえません。関心を引くためには、じっくり見る前の「ぱっと見」の時点で、おもしろい、自分に関係がある、見てみたいなどと思ってもらう必要があります。そのためには読み手が理解できるアイキャッチになるイラストを入れたり、大事な情報を目立たせ、視覚的に心地よく(美しく)表現したりする必要があります。プロのアーティストのような唯一無二の素晴らしい図を描くことは本書ではめざしていませんが、整って見やすく、より読み手の関心を引くような表現はある程度は必要です。本書ではそういった表現の習得をめざします。 ### ② 研究の主要な論点がすばやく理解できること 研究概要図の役割は、その研究の重要な論点や主張を読み手に理解してもらうことにあります。そのためには、当たり前ですが、主要な主張の情報が図に入っていて、それが理解できる必要があります。申請書や論文の全体の主張を的確に表現することが、インパクトをもって理解してもらうための前提になります。また、論点を理解するための情報、例えばその結果を得るために行った実験方法や、読み手が知らない可能性のある用語の説明なども必要です。 また、いくら研究の主要な論点が理解できるといっても、難解だったり、図が複雑だったりして理解に時間がかかるというのでは、見る人のモチベーションが下がってしまいます。本書ではなるべく脳に負担をかけずに、すぐに大事な論点が理解できる、ということに重点をおいて解説をしていきます。 ### ③ その研究の価値がわかること 研究概要図はわかりやすいことが何より大事と思う人は多いかもしれません。もちろん、わかりやすさは重要ですが、筆者はそれだけでは不十分だと思っています。なぜなら研究概要図にはもっと重要な役割があるからです。その役割とは、研究の「価値」を伝えることです。 研究者にとって「あなたの研究はよくわかりました。で、この研究には何の意味があるのですか?」という質問は、最も受けたくない質問の1つだと思います。むしろ「あなたの研究内容は難しくてわからない部分が多くありました。でも、おもしろくて大変価値のある研究だと思いました」と言われた方が嬉しいのではないでしょうか。いくら内容がわかりやすくても、価値を感じなければその研究に関心をもつことはできません。逆に図の細かい内容はよくわからないという場合でも読み手がその研究に価値を感じたならば、申請書の採択や論文へのアクセスなど次の行動につながる可能性があります。もちろん最終的にその研究にどのような価値がどれほどあるのかを判断するのは、研究者自身ではなく、読み手の人たちです。しかし、限られた時間・コストのなかで的確に研究を評価してもらうためには、単に研究内容を示すだけでは不十分で、研究者自身が考えた研究の価値も伝えていく必要があると考えています。 ここでいう価値は、学術的価値や経済的価値だけでなく、社会的価値、単純におもしろいといった知的価値も含まれます。本書では、読み手が共感できる研究の価値を伝えるにはどうしたらいいのかという観点から、研究概要図のつくり方を考えていきます。具体的にどうしたらいいかは、本書を読み進めながら一緒に考えていただければと思います。 ### 3 よい研究概要図が増えることのメリット よい研究概要図は、研究者の研究アピール力を強化し、研究の価値を理解する人を増やしてくれます。これは研究者個人にとってメリットがあることはもちろん、社会的にもメリットがあります。 ### ① 適正な研究評価 1つは、適正な研究評価につながる可能性があることです。世界中で大量の情報がせめぎあうなかでは、学術的・社会的に価値のある研究計画や論文でもそのままでは埋もれてしまう可能性があります。アメリカのように研究のビジュアル戦略にもコストをかける国があるなかでは、文字のみ、あるいは拙い図だけでは研究本来の価値に合ったインパクトを与えられない可能性があります。効果的な研究概要図がないという理由で、社会にとって価値のある研究の知名度や評価が下がってしまうことがあるのだとしたら問題です。英語が拙いという理由で非ネイティブの論文のアクセプト率が下がってしまう5)のと同様、図の見た目が拙いという理由で研究のインパクトに極端に大きな差がつくという状況は、できるだけ解消していく必要があります。 もちろん、研究の中身が薄く意義も低ければ、どんなに見た目のよい概要図をつくっても単なるはりぼてにしかなりません。概要図づくりに極端に時間や労力をかけすぎてしまい、研究時間を圧迫するのも本末転倒です。しかしながら、より多くの研究者がよい研究概要図をつくることができるスキルを身に付け、特に社会的な影響が強い研究についてはプロのイラストレーターに図の制作を依頼できるような環境が整備されれば、読み手の理解を促進するという意味でも、図の質によって国際的な評価に差がつくことがなくなるという意味でも、適正な研究評価は得られやすくなる可能性があります。 ### ② 研究成果へのアクセシビリティの向上 もう1つのメリットは、研究成果に対して社会のさまざまな人がアクセスしやすくなることです。研究成果へのアクセシビリティを高めることは、社会の人々が研究を評価し、社会的な議論をしていくうえで重要です。その研究に税金が投入されているならば、説明責任として研究の意義も伝えていく必要があります。特に社会的な影響が強い研究の場合は、メディアや政府関係者、非専門家の市民など、研究者以外にも成果を伝えていく必要があります。科学者の成果の多くは論文という形で発表されており、コストの問題だけでなく理解の難しさという意味でも非専門家にはアクセスしにくい状況です。昨今では、オープンサイエンスが推進されていますが、論文やデータにアクセスしやすくなっても、限られた専門家以外内容を理解できないのであれば、本当の意味でのオープンにはなりません。論文を読むことが難しい人でも比較的簡単に研究の要点を理解できる研究概要図は、ウェブ上やSNSで公表されやすい特性もあいまって、非専門家の人々にも研究成果を届け、議論を開くきっかけになると考えています。 --- ### COLUMN ① ターゲットの視覚文化を考える 世の中の多くの人は、他人も自分と同じように図を利用したり理解したりしていると考えています。しかし、図の利用頻度や使い方には文化(視覚文化)があります。このため、異なる視覚文化をもつ人は、自分と同じようには図を捉えてくれないことがあります。 例えば、生命科学のなかでも特に分子生物学などの分野は、頻繁にマウスや細胞などのイラストが入った概念図を利用します。論文にも教科書にもそのような概念図があるため、イラストがあることに慣れており、発表や論文にイラストを入れるのが普通だと感じる方も多いのではないかと思います。一方で、例えば哲学や数学などの分野はあまりイラストを使った図は使わず、言語や数式による表現を重視します。このような分野の研究者にイラスト素材が多用された図を見せても、違和感を抱く場合や、軽い、あるいは思考が浅いような印象を与える可能性があります(ただし分子生物学、哲学や数学のなかでもさまざまな分野やコミュニティがありますので一律ではありません)。 また、データとしての画像や図表も、分野ごとにその分野の実験・分析技術に依存して利用されやすい図の種類が決まることがあります。例えば同じ生命科学のなかでも、蛍光顕微鏡画像を多用する分野もあれば、系統樹を頻繁に使用する分野もあります。近い分野にみえていても、図の利用傾向は全く違うこともあります。 このように、どの図がよく使われるのか、どの図が好まれるのか、どの図が理解しやすいと感じるのかといった点は、分野やコミュニティによってかなり違います。私の専門分野である科学論の研究では、とある研究分野に新たな実験技術や新たなタイプの図が導入されると、それを使う研究者の間で特定の種類の図の視覚文化が形成されるということが、歴史的に指摘されています。1つの技術でも1つの文化が成立するくらいなので、1つの分野のなかでも相当多様な視覚文化があると考えられます。 この点は、少し離れた分野の研究者や非専門家に向けたコミュニケーションをする際に注意する必要があります。普段利用していない図を見せられても、図の読み方自体わからないことがあるためです。人は慣れ親しんだ図の形式をわかりやすいと感じる一方で、見慣れない図の表現や形式は、受け入れにくい傾向があります。情報を効果的に伝えるためには、ターゲットが慣れている表現や、好んでいる表現の図を使う必要があります。 具体的にいえば、もしもターゲットが政府関係者ならば、情報量の多いお役所ポンチ絵のような図を入れたほうが、シンプルな図よりも価値を感じてくれる可能性があります。企業関係者ならば、ビジネスでよく使われるマトリクス図やピラミッド図のような図解を期待しているかもしれません。ターゲットがそもそも図を好まない分野の研究者ならば、図を入れずに文章で勝負した方がいいこともあります。 自分にとってわかりやすい図が、他人にとってもわかりやすいとは限らないということは、図をつくる難しさの1つです。図を入れるかどうかを考える際や、図の型や表現、情報量を考える際には、同じ媒体に掲載されたほかの図などを参考にしながら、ターゲットがどのような図ならば評価してくれるのかも考えていく必要があります。 ---