--- title: "1 なぜ今、研究概要図が求められるのか" book: 申請書・論文で役立つグラフィカルアブストラクト作成の基本とコツ chapter: 第1章 なぜつくる必要があるのか:研究概要図の役割とゴール section: 1 pages: 8-12 images: page_0008.png ~ page_0012.png keywords: ["ターゲット", "メッセージ", "メディア展開"] --- # 1 なぜ今、研究概要図が求められるのか ### 1 研究概要図とは 本書のテーマは研究概要図やグラフィカルアブストラクトです。聞いたことがあるという人もいれば、なんとなく予想はつくけどはじめて聞いたという人もいるかもしれません。そもそも研究にかかわる図は多様です。実験結果を示す画像やグラフ、モデル図やフローチャートなどの概念図、回路図、設計図などのテクニカルな図や、組織図やスケジュール表などもあります。さまざまな種類の図があるなかで、本書はどのような図に注目するのでしょうか。 研究概要図とは、研究計画や研究成果の概要を1枚にまとめた概念図のことです。研究概要図のよび方は1つではなく、概略図や概念図、コンセプト図とよばれる場合や、申請書であればポンチ絵とよばれることもあります(図1-1A)。また、ジャーナルに掲載される論文成果の概要図はグラフィカルアブストラクトとよばれます(図1-1B)。同じようなものを、ビジュアルアブストラクト、セントラルイラストレーション、グラフィカルサマリー、TOC(table of contents)、TOCイメージ、グラフィカルサマリー、あるいはインフォグラフィックスなどとよぶこともあります。さらに、グラフィカルアブストラクトとは別に、ジャーナル論文のなかの1つの図として論文での主張概要をまとめた図が掲載されることもあります。このような図はサマリーフィギュアとよばれることがあります。 > **図1-1の構成:** 2つの例を上下(A・B)に並べたレイアウト。Aは申請書の研究概要図で、3つのグループ(データ解析・デバイス開発・検証)がそれぞれの担当者名とともに配置され、最下部に「〇〇病の早期発見・治療の実現」というゴールが示されている。Bは論文のグラフィカルアブストラクトで、英語タイトル付きの横長レイアウトに細胞やウイルスのイラストが描かれた概念図。 > **ポイント:** 申請書向けはプロジェクト構造(組織・役割分担)を示す模式図、論文向けは研究成果のメカニズムをイラストで視覚化する概念図と、用途によって図の内容・表現が異なることを示す。 このように研究概要図はよび方が多様であることに加え、定義も図の内容も人や分野によって少しずつ違います。国内外ともに明確な合意はないのですが、本書では研究計画や論文といった特定の研究の概要をまとめた図のことを研究概要図とよびたいと思います。また、研究概要図のなかでも特にジャーナルの目次ページや個々の論文ページに掲載される論文成果をまとめた図のことをグラフィカルアブストラクトとよびたいと思います。なお、「研究概要図」という言葉は聞いたことがない人もいるかもしれませんので、本書の書名ではより知名度の高い「グラフィカルアブストラクト」という言葉を代表して使っています。 研究概要図は文理を問わず多様な分野で使われています。どれほど使われているかは分野によって異なり、医学や生命科学系のように頻繁に使われる分野もあれば、数理系などの理論中心の理工系分野や、文学・哲学など、もともと図自体をあまり使わない分野もあります。ただ、図を使わない傾向のある分野でも、大型の研究費の申請の際には、プロジェクトの全体像を説明するために、研究概要図を描くことは多いです。 また、研究概要図に描かれる内容も多様です。研究方法や結果のデータを入れる場合もあれば、理論やモデル、概念の説明、ビジネス業界で使われるような組織図やスケジュール図が描かれる場合もあります。図の中にイラストが使われる分野もあれば、文字と矢印や図形がベースの模式的な図が描かれることもあります。 このように多様な研究概要図ですが、共通する特徴としては、最先端の研究内容を伝えるという点で、教科書などの図よりも内容が高度になりやすい傾向があります。さらに結果やモデルなどを組み合わせた複合的な図になることが多いため、図案をわかりやすくまとめる難易度も高いといえます。 ### 2 研究概要図はどこで使われているのか 研究概要図が使われる場面は、申請書や報告書、学術ジャーナル、プレスリリース、学会発表や講演など多様にあります。 申請書の場合は、複雑な研究計画の全体像を示した図として研究計画調書のページに掲載されます。申請書が採択された場合には、広報媒体や報告書などにも掲載されることがあります。 また、最近広まっているのがジャーナルのグラフィカルアブストラクトです。本書の読者のなかには、論文採択後にジャーナル編集者からグラフィカルアブストラクトを提出するよう指示を受け、研究内容をどう表現すればいいのか迷いながらつくって提出したという経験をもつ人もいるかもしれません。多くのジャーナルは、論文検索時の読者のブラウジング補助や理解のツールになることを期待してグラフィカルアブストラクトを採用しています。掲載されるのは主にオンラインジャーナルの目次ページや個々の論文ページなどです。 その他、研究のプレスリリースでも研究概要図は頻繁に使われます。この場合は、論文成果や研究発表の成果をメディアや研究者以外のより広い読者層に伝えるために、タイトルやリード文の下に大きめのサイズで掲載されることが多いです。 ### 3 研究概要図はなぜ増えているのか ベテランの研究者ならば、「昔はそんな図はつくらなかった」と思うかもしれません。実際、研究概要図は21世紀に入ってから急速に広まっています。グラフィカルアブストラクトでいえば、ルーツは1976年にドイツの化学雑誌に掲載されたものであるといわれていますが、本格的に普及したのは2010年代からです。学術ジャーナルのオンライン化後に導入されることが多く、最近になってジャーナルから提出を求められるようになったと感じている研究者も多いと思います。ではなぜ急速に研究概要図が広まっているのでしょうか。 理由の1つは、**社会全体でオンライン情報のビジュアル化が進んでいる**ためです。ウェブサイトにしてもSNSにしても、インターネット上の情報には絵や写真、動画があふれています。無料で使えるちょっとした写真や絵の素材が充実し、作画するためのアプリケーションや画像生成AIも広がっており、誰もがビジュアルコンテンツを利用・発信できるようになっています。このような時代のなかで、文字のみのコンテンツでは大量の情報のなかに埋もれ、気づいてもらえない可能性があります。この傾向は学術世界も同様で、さまざまな学術ジャーナルがビジュアルを重視したカラフルなレイアウトや表紙を採用するようになりました。競合する情報が大量にあるなかでは、ビジュアルなしで読者を獲得するのが難しい時代になってきているといえます。 また、アクセスできる情報の量や読むべき情報量が増大化するなかで、1人の研究者が大量の情報に対処する必要性も生じています。年間で何百万本という論文が公表されるなかで、いかにして速く自分が読むべき論文を探し、理解するのかということは科学コミュニティにとって重要な課題です。競争的研究費の申請書を審査する審査員にとっても、大量の研究計画を隅々まで読んで理解するのは大きな負担です。1枚でぱっと理解できる研究概要図は、情報過多になんとかして対応したいという研究者のニーズにも応えるものとなっています。 さらには、研究費や研究ポストの獲得競争が厳しくなるなかで、自らの研究の社会的インパクトを高めたいと考える研究者も増加しています。研究のインパクトを強めるには、研究費申請の際の書類のインパクトを高めることはもちろん、同分野の研究者だけでなく政府やその業界の企業、メディアや社会へのアピールも考える必要があります。プレスリリースやSNSへの研究概要図の掲載が増えているのは、**研究のアピール力を強化したいという研究者やその所属グループの意志も影響している**と考えられます。 このように、研究概要図は時代の変化のなかでその利用場面が増えてきています。グラフィカルアブストラクトでいえば最近では査読の前に提出を求めるジャーナルも出てきており、その重要度がさらに増してきています。また、分野も理系だけでなく社会科学分野などにも広まっています。今後もさまざまな分野で利用が拡大していくと考えられます。