受動態は責任の所在を曖昧にするための隠れ蓑です。「解析が行われる」と書けば、誰が研究するのか見えなくなります。審査員が投資するのは実際に手を動かすあなたに対してです。受動態を能動態に変換し、研究のオーナーシップを取り戻す技術を解説します。

1. 導入:審査員は「誰にお金を渡すか」を見ている
日本の研究者は謙虚です。客観性を重んじるあまり、文章から「私(行為者)」を消し去り、受動態を多用する傾向があります。論文においては、それで良い場合もあるでしょう。
しかし、科研費などの申請書において、その態度は致命的です。
審査員が評価しているのは、研究のアイデアだけではありません。「その計画を完遂できる主体が存在するか」という実現可能性と、「このアイデアは誰のオリジナルなのか」という独創性を厳しく見ています。
受動態で書かれた文章は、これらの評価ポイントをボヤけさせます。
「〜と考えられる。」と書けば、それはあなたの鋭い洞察ではなく、世間一般的な推測のように響きます。「〜解析が行われる。」と書けば、あなたがやるのか、共同研究者がやるのか、あるいは外注するのか、誰が汗をかくのかが不明確になります。
能動態で書くことは、自己顕示欲ではありません。「私が責任を持ってこの研究を遂行する」という、審査員への契約書へのサインなのです。
2. 根拠となる理論:アカデミックライティングにおける「行為主体」
明確な文章の鉄則として、アカデミックライティングには「行為主体(Agent)を明示し、能動的に記述する」という原則があります。
不明瞭な文(受動態):
「データによって、新たな知見が得られることが期待される。」
この文において、行為者は隠されています。誰が期待しているのでしょうか? 審査員でしょうか、それとも世間一般でしょうか。まるで自然現象のように成果が出るかのような書きぶりは、研究の泥臭い努力を隠蔽してしまいます。
明瞭な文(能動態):
「本研究は、データを分析し、新たな知見を提示する。」
ここでは主語が「本研究」となり、能動的な動詞で結ばれています。何が何をするかが明確です。
申請書は、あなたの研究遂行能力を売り込むプレゼンテーションです。したがって、文章は以下の2つの能動態に集約されるべきです。
- 申請者(私)が〜する: 具体的な作業、過去の実績、着想の経緯。
- 本研究(または本提案)が〜する: 研究がもたらす効果、機能、目的。
これらを使い分け、責任の所在をはっきりさせることで、文章の説得力は劇的に向上します。
3. 具体例の提示
では、責任が曖昧な「受動態」の文と、責任を明確化した「能動態」の修正案を比較します。
Case 1:研究計画の具体性(理系・文系共通)
Before:よくある失敗例(受動態の多用)
予備実験の結果から、タンパク質Aの関与が示唆された。そこで本研究では、阻害剤を用いた実験が行われることで、そのメカニズムについて検討がなされる予定である。
Analysis
典型的な「他人事」の文章です。
「示唆された」では、誰が示唆を見出したのか不明です。先行研究なのか、自分の発見なのかが曖昧では、独自性が評価されません。
「実験が行われる」「検討がなされる予定である」という二重の受動態は、実行の確約を避けています。これでは「できたらいいな」という願望レベルに聞こえ、資金を託す不安材料となります。
After:改善案(能動態への変換)
申請者は予備実験において、タンパク質Aの関与を見出した。そこで本研究では、阻害剤を用いた実験を実施し、そのメカニズムを解明する。
解説
「示唆された」を「(申請者は)見出した」に変え、発見の功績を自分に帰属させました。
「実験が行われる」を「実験を実施し」に変え、誰が手を動かすかを明確にしました。
「なされる予定である」を「解明する」と言い切り、不退転の決意を示しました。審査員は予定ではなく成果にお金を払いたいのです。
Case 2:研究の意義と独創性
Before:よくある失敗例(推測の受動態)
従来の研究では〇〇という視点が欠けていたと考えられる。したがって、××というアプローチをとることが重要であると思われる。
Analysis
評論家のような記述です。「〜と考えられる」「〜と思われる」は、自分の主張に自信がない場合の逃げ道として使われがちです。しかし、申請書では独自の視点こそが売り物です。推測の域を出ない表現は、研究の立脚点を弱く見せます。
After:改善案(断定の能動態)
従来の研究は〇〇という視点を看過してきた。したがって、本研究は××というアプローチを導入し、この未解決問題を突破する。
解説
主語を「従来の研究」「本研究」という無生物主語に設定し、対比構造を鮮明にしました。
「重要であると思われる」という感想ではなく、「突破する」という能動的な機能を提示しています。これにより、研究の必要性が客観的事実として伝わります。
4. 応用と発展:「私」と「本研究」の使い分け
能動態にする際、すべての文を「私は〜する」と書くと、くどくなり、主観的すぎる印象を与えます。そこで有効なのが、無生物主語(Inanimate Subject)の活用です。
「本研究」や「本手法」自体を擬人化し、能動的な主語として機能させる技術です。
- 私(申請者)を主語にする場面:
- 過去の発見:「私は〇〇を見出した」
- 意思決定:「私は〇〇に着目した」
- 具体的な作業:「私は〇〇を操作する」
- 本研究(本手法)を主語にする場面:
- 機能や能力:「本システムは〇〇を可能にする」
- 目的の達成:「本研究は〇〇を明らかにする」
- 社会的意義:「本成果は〇〇に貢献する」
この使い分けにより、泥臭い作業や着想は「研究者の熱意」として、得られる成果や機能は「客観的なシステム」として描写できます。
「私は(情熱を持って)実行し、本研究は(機能として)成果を出す」という役割分担を意識してください。これにより、文章に「責任感」と「客観性」の両方が宿ります。
5. まとめ:実践のためのセルフチェックリスト
能動態への変換は、研究者の覚悟を伝える技術です。提出前に以下のポイントを確認してください。
- 「〜と思われる/考えられる」狩り
推測が必要な箇所を除き、事実や計画については「〜である」「〜する」と言い切っているか確認してください。自信のなさは受動態から滲み出ます。 - 受動態の撲滅
「実験が行われる」を「実験を行う」に、「データが得られる」を「データを取得する」に書き換えてください。文字数も削減でき、文のエネルギーが増します。 - 「本研究」の擬人化
「本研究は〜を目指す」「本研究は〜を解決する」のように、「本研究」を主語にして研究の機能を能動的に語らせてください。 - 実績の「私」
過去の業績や独自の着想を語る際、先行研究ではなく「私が」明らかにしたことだと分かる記述になっているか確認してください。
「自信過剰に見えないか」と恐れる必要はありません。論理と根拠に基づいた能動態は、傲慢さではなく、研究に対する誠実な責任感として評価されます。あなたの研究の主役は、他の誰でもない、あなた自身なのですから。