学振の志望動機で、受入ラボの設備を称賛するのは、実は逆効果になりかねません。審査員はあなたが「最新設備を借りるだけの利用者」なのか、「新しいスキルを習得し、研究者として変化する主体」なのかを見ています。自身の能力向上と変化を語りましょう。

審査員が「モノ目当て」と感じる瞬間
前回の記事では、学振の志望動機において「学びを求める学生(一方通行)」ではなく「相互に資源を提供する研究者(双方向)」の姿勢を示す重要性を説きました。今回は、その「双方向の資源提供」を記述する際、多くの申請者が陥るもう一つの落とし穴について解説します。それは、受入ラボの「設備」についてばかり語ってしまうことです。
多くの申請書に、「貴研究室には最新の〇〇装置が完備されており、これを活用して研究を進めたい」といった記述が散見されます。しかし、審査員はこの表現を見た時、非常に強い躓きを感じます。なぜなら、これではあなたが「優れた設備を借りるだけの利用者」に過ぎないという印象を与えるからです。審査員が知りたいのは、そのラボの設備がどれほどすごいかではなく、あなたがその設備を使うことで、研究者としてどのように変化し、何ができるようになるかです。
審査員は多忙な研究活動の合間に申請書を読んでおり、形式的な称賛やモノの説明には関心がありません。彼らが求めているのは、与えられた環境を使いこなす能力と、その環境下で自らを成長させ、学術界に新しい知見を提供する初期キャリアの研究者の姿です。「あのラボは設備がすごい」とモノについてだけ書くことは、自らの独立性を否定し、モノへの依存を告白しているのに等しくなります。この前提のずれが、内容全体の説得力を大きく損なう原因となるのです。
モノは手段であり、目的は自身の能力向上(スキル習得)である
なぜ、設備ではなくスキル、そして自身の変化を書くべきなのでしょうか。
まず、審査手引(ルール)に基づけば、申請者には「独立した研究者としての資質」が求められます。設備は外部の環境であり、自身に内在するものではありません。環境がなければ何もできない研究者は、自立した研究者とは見なされません。自身に内在する「スキル」を習得し、それを活用できるようになることが、独立性への道です。
次に、アカデミックライティングの論理では、モノ(設備)は研究の手段であり、目的そのものではありません。目的は研究の遂行であり、また、高い研究力をもった人材の育成です。申請課題を遂行するために、なぜその設備が必要で、それを自身が使いこなすためにどのようなスキルを習得しなければならないのか(そして直接は書かないかもしれませんが、それによってどのような研究者を目指していきたいか)。この論理の展開が必要です。
モノは有限で依存を生みますが、スキルは無限で自立を生みます。最新設備はいつか古くなりますが、それを使いこなすために習得したスキル、そしてそのスキルを習得する過程で培った論理的思考力や問題解決能力は、一生の財産となり、将来の研究ビジョンを支える基盤となります。審査員は、この普遍的な能力の向上を、申請書から読み解こうとしているのです。
具体例の提示:モノ依存からスキル習得と変化への言い換え
モノへの依存からスキル習得と変化の記述へ転換するための、具体的な修正例を提示します。
【理系:設備依存からスキル習得と変化へ】
Before:
受入研究室には最新の〇〇装置が完備されており、これを活用して研究を進める。
設備は手段であり、それを使うだけの利用者であるとしか書かなければ、独立した研究者としての資質が感じられません。
After:
受入研究室の〇〇装置を用いた測定技術を習得し、自身が培った△△解析手法と組み合わせることで、従来は困難であった〇〇の定量的評価系が確立できる。これにより、これまで不明であった〇〇の機序を解明することが可能となり、〇〇分野における新たな研究領域の確立につながる。
【文系:設備依存からスキル習得と変化へ】
Before:
受入研究室の保有する膨大な〇〇史料群を活用して研究を深める。
史料を閲覧するだけなら、一般の利用者と変わりません。それらの史料をどう検討し、自身の研究にどう繋げるかのストーリーとセットで語る必要があります。
After:
受入研究室の保有する貴重な〇〇史料群へのアプローチと自身の質的研究手法と統合することで、〇〇時代における新たな社会構造の解明を試みる。この過程で、膨大な一次史料を客観的に体系化する能力を習得し、これまで見過ごされていた史料の価値を学術界に再提示できる、自立した歴史研究者としての資質を確立したい。
これらの修正例のように、単に「利用する」といった受動的な言葉から、新たな分野の開拓や自身のスキルアップといった、研究者としての成長を予感させる能動的な言葉へ置き換えることが重要です。
応用と発展:スキル習得がもたらす論理の強靭さ
「スキル習得と変化」の記述は、志望動機だけでなく、申請書の他の項目(例:背景から計画へ)にも応用でき、論理の強靭さを高めます。
例えば、研究計画の「実現可能性(Feasibility)」の記述に応用できます。単に「最新設備を使うから実現できる」と書くのではなく、「自身が新たに習得する〇〇技術と、これまでの△△技術の融合によって、測定の高精度化を実現し、計画の実現可能性を担保する」と書くことで、記述の説得力は格段に高まります。
また、自身の変化が将来の研究ビジョン(研究者としての独立性)にどう繋がるかを示す記述にも応用できます。習得したスキルや、その習得過程で培った能力が、将来どのように自身の独自の立場を築くために役立つのか。これを言語化することで、将来にわたって学術界に貢献できる、有望な若手研究者としての将来性を審査員に納得させることができます。
実践のための確認リスト
学振の志望動機において、受入ラボの設備を称賛するのはやめましょう。審査員はあなたが「最新設備を借りるだけの利用者」なのか、それとも「新しいスキルを習得し、研究者として変化する主体」なのかを見ています。モノへの依存ではなく、能力の向上とそれに伴う自身の変化を語る。この視点の転換が、申請書の質を決定づけます。
明日からの行動指針として、現在作成中の申請書を読み直してください。確認する作業は単純です。
- 志望動機の中で、受入ラボの「設備」について語っている箇所を特定する。
- その記述に、「借りる」「使う」「活用させていただく」といったモノ依存の表現が含まれていないかを確認する。
- それらを直ちに見直す。そして、「習得する」「内面化する」「確立する」「再提示する」といった、専門性を持った研究者としての能動的な言葉へ置き換え、自身の能力の向上と変化を論証する文脈を再構築する。
自身が受入研究室に何をもたらすことができるのかを言語化することは、申請書の論理的な強度を高めるだけでなく、採用後の研究生活を実りあるものにするための重要な準備作業となります。客観的な事実に基づき、自身の能力の向上と変化、そしてそれが学術界に提供する価値を淡々と論証してください。